「メリーは“嵐は娘が育てた”とは絶対に認めなかった」 藤島ジュリー景子が初告白する母・メリー喜多川との“歪な関係” 「私と元夫に探偵がつけられたことも」

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本を世に問うた理由

「嵐」が活動休止を発表した年の6月にはジャニー氏がくも膜下出血で倒れて病院に救急搬送され、約1カ月後に亡くなっている。また、その約2年後の21年8月にはジャニー氏の後を追うようにメリー氏も他界した。

 その後のジャニー氏を巡る問題についてはご存じの通り。事務所の責任者として、23年9月7日、ジュリー氏は東山紀之、井ノ原快彦と共に記者会見に臨む。その場でジュリー氏から東山への社長交代が発表された。

 この時期を振り返るジュリー氏の言葉は苦悩に満ちている。一方で彼女と担当タレントとの交流に関しては、平和で心温まるものも少なくない。

 最終的にジュリー氏はジャニーズ事務所の廃業を決断。被害者への「法を超えた救済」のために私財を投じた。今回の本の印税もすべて辞退したのだという。ではなぜこの本を世に問うたか。彼女はこう語っている。

「いままで私には裏方の美学といったものがありました。表に出ないことこそが正義だと思っていて。もちろん裁判をするとか、抗議文を送るといったことはしていましたが、表には出ようとしませんでした。でも、そうして自分から声を上げなかったことで、本当の自分からはかけ離れた、まったく違う藤島ジュリー像が世の中に出回ってしまったんです。この本を読んでくださったからといって、みなさまの私を見る目が一変するとは思っていません。ですが、たとえ一人でも『本当は違ったのかもな』と感じてくださる方がいるといいなと。それは自分についてだけでなく、母のこと、家族のこと、タレントのこと、被害者のみなさまのことなど、すべて私の目で見て、感じていたことを、きちんとお話ししたいと思いました」

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 前編【藤島ジュリー景子が初めて明かす旧ジャニーズ事務所の「派閥」について 「共演NG」の真相は?】では、メディアで盛んに報じられた、旧ジャニーズ事務所の「派閥」の実態について詳しく聞いている。

週刊新潮 2025年7月24日号掲載

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