富山弁で落語するのが「一番幸せ」 月に1度、故郷に帰る「立川志の輔」71歳の原点

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富山弁で考えるとは?

「例えば、『なんでトランプあんなこと言うがかのう。評判悪なることわかっとんがに、自分が目立ちゃいい思とんがか……。なん、ダラではないちゃ。ダラではないがいけど……』とまあこんなふうに自分で考えながら、それを他の地域では標準語でしゃべる。でもその大元の話の作りの原型は富山弁で出来上がってる。それほど、僕にとって富山、そして富山弁、とゆうのはもう体の中のほとんどを占めているんです。決して富山に帰ってきたら、空気がいいとか、魚がうまいとかそうゆうことではないです。富山弁で、一番ナチュラルにしゃべって、気負わないでしゃべったことがお客さんに伝わって、『そうや、そうや、あんたのゆう通りや』とゆう〈気〉がここに充満した時に、最高に幸せなんです」

 てるちゃん、てるちゃん、と呼ばれて過ごした富山時代。本名の「照雄」からこの演芸ホールは「てるてる亭」と命名されている。

 搾りたての志の輔らくごを味わう幸せが、ここにある。

土居彩子(どい・さいこ)
1971年富山県生まれ。多摩美術大学芸術学科卒業。棟方志功記念館「愛染苑」管理人、南砺市立福光美術館学芸員を経て、現在フリーのアートディレクター。

デイリー新潮編集部

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