33歳でタイトル戦に初挑戦 「藤井聡太棋聖」との対局で話題の棋士「杉本和陽六段」が振り返る“沼にハマった下積み時代”

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それでも将棋を諦めきれなかった

「まったく自分の実力が及ばないのならば、潔く諦められますが、僅かに力が及ばずに悔しい思いをする試合が続いていました。『もし、このまま昇格できなかったらきっと悔いが残るな』という思いもありましたし、心の根底に将棋を諦めきれない思いがあったことが、自分を奮い立たせる原動力になっていました」

 それでもうまくいかない時は、24歳でプロ野球選手になり、三冠王を3度獲得した落合博満氏の書籍を手に取って「独特な言い回しで描かれている練習や努力の大切さ」に心を委ねたことも。またある時は、尾崎豊やエレファントカシマシの楽曲をカラオケで熱唱し、その歌詞に勇気づけられたことも度々あったという。

 そして、25歳で迎えた第60回奨励会三段リーグ戦(2017年3月)では、終盤の連勝もあって12勝6敗の2位に入り、四段昇格を成し遂げた。

「最終日に昇格を決めると、その安心感から自然と涙がこぼれてきて。元々は『人生の通過点』と思っていたものが、いつの間にかゴールのようになってしまったことへの反省はありつつも、言葉では到底表現できないくらいの湧き上がる喜びを感じることもできました」

 その後、晴れて棋士としてのキャリアを歩み始めた杉本氏は、2025年4月に永瀬拓矢九段に勝利し、棋聖戦の挑戦権を獲得。第1局では、杉本氏と同じく「遅咲き」と言われ、永世棋聖を獲得した師匠、米長邦雄氏の和服を纏って、大一番に臨んだ。

「早めに結果を出すに越したことはないですが、苦労を積み重ねたからこそ見えたものもあるように感じています。かなり遠回りをしてしまいましたが、それも含めて今に繋がっているような気がするので、『無駄なものはなかったかな?』と思います」

 そう語った杉本六段は、堂々とした戦いを見せたものの、藤井棋聖の終盤の驚異的な粘りに屈し、勝利を手にすることはできなかった。

「シリーズを通して自分の実力を出せましたし、課題もはっきりと見えた。これからその部分をさらに強化していきたいです」

 自身初のタイトル戦はほろ苦さも残った杉本六段の再起に期待したい(第2回に続く)。

 第2回【藤井聡太棋聖に挑んだ遅咲きの棋士「杉本和陽六段(33)」 決戦を機に明かした師匠「米長邦雄永世棋聖」の凄すぎる洞察力と勝負師としての矜持】では、遅咲きの棋士・杉本和陽六段が、師である故・米長邦雄永世棋聖といかにして出会い、弟子となったのかについてや、師匠から教わったこと、そして自身の今後についてなど、幅広く語っている。

ライター・白鳥純一

デイリー新潮編集部

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