「早朝勤務なら時給1.5倍でファミマのおにぎり無料」 伊藤忠の「朝型勤務」はここがすごかった

ビジネス 企業・業界

  • ブックマーク

 エコノミストの伊藤洋一氏がパーソナリティーを務める「伊藤洋一のRound Up World Now!」(ラジオNIKKEI)は、ポッドキャストでも人気の長寿番組。その6月20日放送回冒頭で、伊藤氏がいささか興奮気味に「今日はとっても爽快な気分でスタジオに来ています」と言い、紹介したのがその日の日本経済新聞に掲載された伊藤忠商事の企業広告だ。

 8面と9面を全て使った見開きの全面広告の文章が素晴らしい、というのである。掲載されているのは「ある商人の履歴書」「伊藤忠の履歴書」と題された二つのコラムのような文章だ。

「今日読んだ文章の中でもっとも爽快だった」というその広告は伊藤忠のHPで公開されているので、今でも読むことができる。どちらも「プロジェクトX」を連想させるような読み物となっており、伊藤氏の反応を見る限り、企業のイメージアップに十分貢献するものと言えそうだ。

 そのうち「ある商人の履歴書」の結びに、こんな文章がある。

「伊藤忠に集まった腕利きの商人たちの力をひとつに束ねれば、その力は計り知れない。我々にしかできない商売の形を創り出そうと、今日も早朝から仕事に取りかかっている」

 多少なりとも同社を知る人ならば、この「早朝から仕事に~」が何を指すか、すぐにピンと来ることだろう。

 現在の岡藤正広CEOが導入した「朝型勤務」である。これにより社員の働き方は大きく変わった。商社マンというと深夜労働や長時間勤務が当たり前といったイメージが強いが、同社のこの改革はそれを一変させるものだった。それはいかなるもので、どのような効果をもたらしたのか。

 岡藤CEOへのインタビューをベースにノンフィクション作家の野地秩嘉氏が同社の強さを探った『伊藤忠 商人の心得』をもとに見てみよう(以下、同書をもとに再構成しました)。

 ***

朝型勤務と110運動

 伊藤忠に勤める人たちの働き方は変わった。とりわけ効果があったのが朝型勤務と110運動だ。

 伊藤忠に勤める幹部、社員の朝は早くなった。経営幹部は午前6時過ぎには出社して仕事をしている。そして多数の社員も午前7時過ぎには出社する。帰宅も早くなった。「残業はするな」が同社の方針だからだ。

 午後8時から10時までの残業は「原則として禁止」。深夜勤務(午後10時から朝の5時)は「禁止」だ。そして、朝早く来た者には残業代と同じように賃金を支払っている。

 朝早く来て、2時間働いたら、通常の3時間分と同じ金額になる。それであれば誰だって早く来る。残業するよりも早く来て働いた方が健康にもいい。そして、残業がなくなれば早く帰って家族と一緒にゆっくりできる。趣味の時間を楽しむこともできる。

 加えて、朝早く出勤した人間には無料で朝食を提供している。本社に午前8時までに出社したら、地下にあるスペースでファミリーマートが用意したおにぎり、サンドウィッチ、飲み物などを無料で3個まで取ることができる。おにぎりを3個取ってもいいし、2個とウーロン茶1本でもいい。もちろんサンドウィッチでもかまわない。無料朝食を提供するスペースが開くのは6時半で、8時になるとレジは閉まる。

 朝型勤務の効用を高めている施策が110運動だ。韓国の財閥企業サムスンの「119運動」をモデルにしたものだ。サムスンでは社員が懇親する場合、1次会だけで、酒の種類も1種類、そして午後9時までと決めている。それが119運動だ(注 119運動は現在、「112運動」になっている。1次会、1種類のお酒、2時間までの会食)。伊藤忠の場合、懇親は1次会まで。そして午後10時には終了して帰ると決めた。同社では酒豪を自負する人間でも、午後9時45分になると、口数が少なくなり、あたふたと帰り支度を始める。

夜はダラダラしてしまう

 岡藤は朝型勤務と110運動について「当初は反対が多かった」と言っている。

「『時間の管理は会社がするものじゃない。本人がすることだ。私たちが若かった時代は夜中まで仕事して酒を飲んで、朝になってボロボロでも早くから会社に来て仕事をしたもんだ。それが商社マンだ』。そう言う人が大勢いた。確かにそんな時代だった。僕だって、そういうことをやっていたわけだから。だが、今はもうそんな時代じゃない。

 職場をよく見ていると、課長がなかなか帰らないんだ。それに付き合って課長以下が午後8時、9時まで残っている。そりゃ若い人は上司がいると帰りにくいでしょう。課長が残業するのは自宅に帰っても食事がないからだろう。いつも遅く帰るから、奥さんは準備していない。だから外で一杯飲んで会社の愚痴ばっかり言うてる。

 朝型勤務を導入してからは完全に変わった。会社を早く出たい人は午後4時には堂々と帰っている。ただ、残業がなくなると生活が苦しくなる人がいる。最初から残業代が家計の予算に入っているからね。だから、朝早く来た分の時間給を通常勤務の1.5倍にしたわけです。どうせ残業するのなら、朝早く来て2時間半働けば、17時15分以降の夜の残業の3時間分になる。そうすれば残業代も変わらないし、むしろ効率がいい。

 それに、朝の仕事は終わらせないとお客さんが来たりする。だから早くやる。一方、夜はもう際限なくダラダラと残業してしまうから効率が悪い。会社にとっても残っている社員が使う電気代から何からものすごく経費が多くかかる。朝型勤務にしてから会社は無料で朝食を出しているんですが、トータルの経費はものすごく減りました。それに前は夜遅くなるとタクシーで帰るのが多かった。タクシー代も激減したから、これもコストの抑制になっている。ただし、会社の前に止まっていたタクシーの人たちは怒ってますが。

 110運動も効果が上がっている。これもまた会社の近くにある飲食店が、『伊藤忠の人たちが遅くまで飲んでくれなくなった。商売あがったりや』と怒ってます。

 110運動のおかげで酒の席でのもめごともなくなった。うちの社員は体育会系が多い。年末年始になると忘年会や新年会でケンカしたり、問題を起こすのがいた。ちょっとしたことでケンカして会社で処分を受けたら、本人も家族も可哀そうだ。いろいろ調べてみると、酒を飲み過ぎてもめごとが起こることが多かった。それで2次会はよそう、と。110運動を採り入れてから問題は少なくなった。ただ、これは『運動』です。業務命令ではない。強制ではない。ただ、2次会行って飲酒で問題を起こしたら厳罰にしています」

 ***

 こうした働き方が若者から支持を得るであろうことは想像に難くない。同社が就職人気ナンバー1を誇っているのは、単に業績や給料だけが理由ではないようである。

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。