愛国主義に傾倒するヒロイン… 「あんぱん」のぶの罪悪感と嵩のトラウマの行方

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 安心して見ていられる朝ドラは、厳しい現実をちょっとだけ忘れさせてくれる。明るくて元気な長女のヒロイン・のぶ(今田美桜)、冷静な次女・蘭子(河合優実)にちゃっかり三女・メイコ(原菜乃華)。方言が豊かな高知を舞台に、3姉妹という朝ドラの王道も久しぶり。

 のぶの思春期と、繊細で頼りないが意外と芯は強い幼なじみ男子・嵩(たかし・北村匠海)の思春期を描いてきたこの2カ月半。アンパンマンの作者・やなせたかしと妻がモデルで、二人が結ばれるのは誰もが知っている。それでも二人の距離感や温度差、吸っている空気の違いや心模様の変化を味わえる構図が面白い。物語も人物もちゃんと立体的に見えてくるのよね。夫唱婦随(婦唱夫随?)の前日譚は、やなせたかし作品の源流をたどるようで興味深い。

 朝ドラの世界観は、基本的に戦争憎し。戦争が嫌で嫌で仕方がないのに、黙ってぐっと耐えるしかない。そんな銃後の人々の苦しみや恨みを描いてきたはずだが、今作では異色の設定に。

 のぶは、いわゆるはちきん(負けん気の強い女の子)で正義感の強い女子だったが、女子師範学校の教えによって愛国主義に傾倒してしまう。そこ、すごくリアル。正しい人の一途さは凶器だもの。それでも、次第に愛国主義を振りかざすことに疑問を覚えていくのぶ。

 嵩は嵩で、心の底から戦争が嫌で、軍隊も大嫌いだが、時勢に流される無力さを痛感していく。「あの時は仕方なく、そうするしかなかった」と口を閉ざすのではなく、間違えたり後悔したりで、二人の反戦という信念が固まっていく過程をみっちり描いている。

 実は「戦中の女の生存競争」が気になっていて、前半はそこをまとめようと思っていた。未亡人となったのぶの母(江口のりこ)は一念発起でパン屋を開店、嵩の実母(松嶋菜々子)は息子二人を捨てて、裕福な男にすがるしかなかったこと、女子師範学校の先生(瀧内公美)は嫁いだものの、3年子供ができずに婚家を追われて愛国教師になったことが心に残った。家族を失った、あるいはうまく形成できなかった女たちのサバイバルが心に染みたのよね。

 が、舞台は次第に不穏な状況へ。のぶの実家(石材店)の職人(細田佳央太)が召集され、蘭子と結婚の約束をしたものの戦死。国防婦人会や陸軍が日々の生活を監視し始め、謎の風来坊パン職人・ヤムおんちゃん(阿部サダヲ)の過去が明らかになり……。軍靴の音が響いてきたあたりで嵩にも赤紙が。優秀で穏やかな弟・千尋(中沢元紀)も自ら海軍士官に志願し、もう悲劇の匂いしかしないの……。

 今後の展開で気になるのは、のぶの罪悪感と嵩のトラウマの行方かな。あとは嵩の先輩上等兵・八木(妻夫木聡)の来し方、嵩の親友・健ちゃん(美形を帳消しにするドリフ風かつらが新鮮な高橋文哉)の行く末かな。

 戦中という特異な状況下ではキャラに十分な魅力と奥行が出ていた。この後、戦後、そして好景気で平和ボケする時代に舞台を移したとき、人は変わらずにいられるか。そこも楽しみだ。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年6月26日号掲載

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