スラム街の悪ガキが「二刀流」スター選手に! ボー・ジャクソンが“MLBとNFLでオールスター出場”を成し遂げた背景にあったアメリカならではの事情(小林信也)

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獲得ヤードの最高記録

 レイダースでは87年から90年までの4シーズンで38試合に出場。獲得ヤード2782を記録している。

 アメフトでのボーの覚醒は、87年11月30日の対シアトル・シーホークス戦だった。

「ボーを絶対に止める」と宣言していた巨漢ラインバッカー、ブライアン・ボズワーズとの対決。第2Q、ボーは立ちはだかるボズワーズをすり抜け、自陣から一気に91ヤード独走しタッチダウンを決めた。その前には相手エンドゾーン手前でボズワーズのハードタックルを受けながらひるまず、そのまま走り抜けてタッチダウンをしていた。この試合の221ヤード獲得はいまも『マンデーナイト・フットボール』(月曜夜に放送される人気中継番組)の最高記録だ。

 89年にはMLBのオールスターに出場。先頭打者ホームランを打った後、盗塁も決め、オールスター史上2人目となる同一試合でのホームランと盗塁を記録し、MVPを獲得した。

 90年にはNFLのプロボウル(オールスター)に出場。MLBとNFL両方の“夢の球宴”に出場した最初の選手となった。

 91年1月のシンシナティ・ベンガルズ戦で後方からタックルを受け股関節脱臼、フットボール生命を断たれた。懸命のリハビリで野球選手としてはカムバックも果たしたが、全盛時の活躍はもう望めなかった。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部などを経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』『武術に学ぶスポーツ進化論』など著書多数。

週刊新潮 2025年6月19日号掲載

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