自画像を描くのは「自分を殺す行為」 横尾忠則が考える“自分”との向き合い方
僕は時々、思い出したように自画像を描きます。画家はどうして自画像を描くのか、という設問に出くわすことがあります。大抵の画家は一度や二度は自画像を描きます。人それぞれに理由があると思います。
速報【初激白】松岡昌宏が語った、国分太一への思いと日テレへの疑問 「日本テレビさんのやり方はコンプライアンス違反ではないのか」
自画像といえばナルシシズムと結びつけられたりするので、普通はあまり描きたくないですよね。でも、画家もそんな安っぽい理由で描いているわけではないと思います。
じゃ、君は? と聞かれたら、ハタと即答はできませんが、僕の場合はそれなりの理由があります。
それは僕にとって不思議なこと、神秘なことがテーマだからです。それでなぜ自画像を描くのかは実に簡単です。僕は何が不思議で神秘かと言うと、自分という存在です。これほど不思議で神秘なものは世界中捜し廻ってもありません。
一体自分って何者なのか。鏡に映る顔が自分なのか。鏡の中の自分は左右逆転しています。鏡の表面は光沢があります。僕はあんな風に光った顔をして街の中を歩いてはいません。一方、写真は立派に正像で写ります。でも写真は撮る人によって万華鏡のように写真の数だけの異なった自分が現出します。全く、何を信用すれば真の自分に出会えるのでしょうか。答えはNOです。真の自分は絶対見ることのできない像です。
というわけでもないですが、話を元に戻して、自分ほど不確かな存在はこの世にないのです。だから僕は自画像を描くのです。自画像を描くことで自分を究明したいとも、しようとも思いません。まあ、こんな風にグダグダ書いてきましたが、それほど自分という存在は大問題なのでしょうか。
確かに自分という存在は誰にとっても謎の存在です。ただそれだけのことです。僕が自画像を描く理由は不思議、神秘、謎、まあ実際にはそんなことはどうでもいいのです。描く理由などないのです。意味も目的もなく、ただ描きたきゃ描きゃいいというだけなのです。
話を変えましょう。では美術の文脈に自画像は組み込まれているでしょうか。NOです。例えば風景画、静物画、人物画、肖像画、裸婦、動物画、歴史画、物語画、具象画、抽象画、とざっと10項目に分類しましたが、なぜか自画像画というのはカテゴライズされていないのです。
だから自画像は美術的文脈の中から脱落させられているのです。一口にいえば人気がないのです。先ず売れませんよね。それと画家が自ら自画像を描いている姿なんて気持ち悪いものです。美男子に描くかと思えばわざと醜男(しこお)に描いたり、いずれにしてもナルシシズムから出発しているのですかね。だから自画像は大衆受けしないのです。
その人気のないテーマをわざわざ描くという神経はどことなく、不気味です。イタリアにジョルジョ・デ・キリコという画家がいました。この画家ぐらいです、沢山の自画像を描いているのは。
彼は絵というものは自画像を描くものだとばかり思っていたと嘯(うそぶ)いていますが、時にはイタリア貴族や歴史画的な衣装に変装して描きます。それも何十枚も描いています。マルセル・デュシャンという美術家は女装して写真を撮らせています。アンディ・ウォーホルもやはり女装してポラロイド写真で、ナルシシスティックなゲイ的な写真に写っています。写真の場合は、自写像といっても自画像とはいえません。
自画像の不気味さは、画家が鏡などを見ながら一筆一筆、自分の顔に絵具を塗りたくっていく、何んとも奇妙な行為を通して自画像が完成していくことです。それが見る者にとっては何んとも不気味なものに映ります。だけど、その不気味さは肖像画の魅力ではないでしょうか。
ここで僕は変なことを想像しました。画家が自らの肖像画を描く行為が、どこか写経をしているような、またはお経を上げているような、なぜか宗教的な行為のように思うのです。
自画像を描くということは、自己顕示欲というより、その反対の自己埋葬行為のように思うのです。自分を生かすというより、自分を殺す行為のような気がするのです。
そこで思い出しました。数年前に僕は150号という巨大なサイズの自画像を描いて、その背後に首吊縄を配しました。この絵は友人のファッションデザイナーのコレクションになりましたが、彼はこの僕の自画像を通して、自らの生き方のヒントを得たと言いました。このヒントというのは、実は誰もが自分の中に首吊縄を所有しているのではないかと。
つまり、自死の内蔵です。彼は非常に哲学的な思想を僕の自画像の中に見出したのです。この彼の見方を通して、僕も自画像の意味を教わりました。
だったら、もっと自画像を描くべきではないかと不思議な勇気が出てきました。そうなんです、自画像に挑戦することは一種の捨て身の勇気なのです。僕は自らの自画像に「何か?」を教わった気がします。


