令和ロマン・くるまだけではないベストセラーランキングに「芸人本」が3冊 単なるタレント本ではない深い内容

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問答無用の説得力

 読者は本書を通じて、漫才とは感覚だけで成り立つものではなく、計算と論理、さらに歴史と時代性が絡み合って生まれる総合芸術であることに気付かされる。漫才と「M-1」について誰よりも深く語り尽くしたこの本を出版した直後、くるまは自らの理論の正しさを実証するかのように、二度目の「M-1」優勝を成し遂げた。その実績が本書の内容に問答無用の説得力を与えている。

 NON STYLE・石田明の『答え合わせ』は、『漫才過剰考察』とほぼ同時期に出版された漫才の分析本である。2008年の「M-1」王者であり、すでにベテランの域に達した芸人である石田が、豊富な経験をもとにして漫才に対する持論を5つの切り口(「漫才論」「M-1論」「採点論」「コンビ論」「未来論」)で展開している。くるまの書籍がプレイヤーとしての試行錯誤を現在進行形でつづったものであるとすれば、石田の本はその総括的な位置にある。

 石田は現在、芸人養成所の「NSC」で講師を務めている。そんな彼だからこそ、より高い視座で漫才そのものについて万人向けにわかりやすく解説をすることができる。石田の文章には、ベテランとしての達観がある一方で、真摯な内省もあり、長年第一線で戦い続けてきた人間の言葉としての重みがある。

 これら3冊のヒットは、芸人という存在がただのエンタメ供給者ではなく、文化的・思想的な発信者としても機能し始めていることを示している。芸人は、舞台やテレビで笑いを届けるだけでなく、その裏にある「考え方」「感じ方」「作り方」までを言語化し、読者に提示している。

 また、読者の側の変化もある。かつては芸人に対して「面白ければそれでいい」と考える層が多かった。しかし今、人々は「なぜ面白いのか」「どうやってその芸が生まれたのか」「その人はどんな人生を歩んできたのか」といった背景や構造にも関心を持ち始めている。情報過多の時代において、コンテンツの「裏側」や「製造過程」が知的好奇心を刺激する対象となっているのだ。芸人の語る言葉には、その需要に応える力がある。

 芸人の本が売れているのは、単なる一時的なブームではない。それは、芸人がこの社会において最も身近な「思想家」であることの証明なのだ。笑いを作る者たちが身を削ってつづる言葉は、読者の人生そのものに響く内容となっている。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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