「静かな退職」は一時的なブームでは終わらない? 「出世」や「独立」を目指さないAI時代の“勝ち組”の姿とは

ライフ

  • ブックマーク

いかに幸せに生きるか

 この姿勢を持つ人物こそ、結局人生「勝ち組」なのだ。役員になったらなったで、激務は続くし、時には謝罪会見なんかもやらされる。そりゃあ役員報酬と退職金は多いだろうが、胃が痛くなるような日々を過ごした末、死ぬ時にカネが残るというのは本末転倒。そこそこに働き、出世をしなかったがカネをほぼ使い切って死ぬ方が幸せである。

 そういった割り切りをした人が次々と私の元を訪れているが、これぞ理想の50代後半の姿だと最近感じ入っている。「老害」だの「働かないおじさん」などと揶揄されがちな彼らだが、揶揄されようが「オレはオレの幸せな人生を送るんだもーん」という強い意思を持っている。これはそれなりの割合のホワイトカラーに共通する感覚であろう。

 職人や農家・漁師等は年を経るにつれて円熟味を増し、ますます活躍していくが、残念ながらホワイトカラーはそうではない。今後、AIに仕事を乗っ取られることもある。だったら大事なのは「仕事の能力を高める」ことではなく「いかに自分が幸せに生きるかを追求する」になる。

そこそこに生きれば

 その際に「私は出世をしない」と決めることがいかに重要か。そして、プライベートでも彼らは子育てが終わっている、ないしは終了の目途が立っており、後は貯金残高と寿命を考えてやりたいことだけをやれる人生になっている。かくして先日私のところを訪れた58歳男性はこう語った。

「誰もがスーパーサラリーマンになる必要はないと思うんだよね。そうなる人は全体の3%ぐらいじゃないかな。97%の人は、そこそこに生きればいいし、自分の能力を過信しなければ、自ずと僕のように、50代後半でフラリと友人とあなたのところを訪れるような人生になるよ。同期の役員はこんなことできないだろうね」

 負け惜しみのように聞こえる人もいるようだが、私自身は彼のこの発言には感銘を受けた。なんという素晴らしい人生後半に向けた考え方だろうか。他人と比較せず、諦めるものはキチンと諦め、好きなように生きる。これから7年後の私の姿だが、彼のこの姿勢を見習おうと思った。決して自分は成功者となった他人になれないのだから。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

  • ブックマーク

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。