ハンギョドン、バッドばつ丸の“生みの親”が語る「サンリオは日本一の会社、だけど…」 デザイナーが自分の作ったキャラを描けない“キャラクター大国”の裏事情

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実の息子と再会した気持ちに

 井上氏が「サンリオピューロランド」を訪れたとき、ステージではハンギョドンやバッドばつ丸が踊り、来場者が声援を送っていた。自身が生み出したキャラクターのグッズを身に付けたファンを見て、井上氏は感無量だったそうだ。そして、ハンギョドンと抱き合ったときは感慨深い気持ちになったそうだ。井上氏は「自分の子供と再会したのと一緒ですよ」と語るように、生みの親とキャラクターは深い絆で結ばれている。

「今、サンリオでハンギョドンを担当しているデザイナーにかかわらず、代々引き継いで絵を描いているデザイナーはとても上手いと思うし、昔のイメージを守って描いているから、素晴らしいと思います。でも、僕は本音を言えば、もっと伝えたいことはあったし、自分が生み出したキャラクターを会社に置いてきた立場だから、わがままかもしれないけれど、やっぱり“自分も描きたい”と思ってしまうんですよね。

 だって、僕はサンリオにいたとき、自分で生み出したキャラクターのイラストはアイテムに合わせて“ワンバイワン”で描いていたんです。既に描いたものを使いまわすのではなく、グッズのイメージに合ったものを描き下ろしていた。大量の発注書を前に悪戦苦闘して、残業続きで大変な思いをしたけれど、出社するときは“また今日もイラストが描ける!”と心が弾んでいたし、やっぱりキャラクターは我が子のような存在だから、活躍を見るたびに嬉しかったなあ。僕もそういう年代だったのかもしれません」

 現在、生みの親である井上氏も、サンリオを離れた今ではハンギョドンやバッドばつ丸の絵を公に描くことはできない。同様の境遇になっているクリエイターは多い。退社したのだから当然のこと……と思う人もいるかもしれないが、なんだかもやっとした気持ちになってしまうのは、取材記者だけではないはずだ。願わくは、井上氏が描いた新しいハンギョドンの絵を見てみたい、そう思っている人もいるのではないだろうか。

サンリオが憧れの存在になってほしい

 サンリオに対して「僕はサンリオのおかげで今があると思っています」と、常に愛社精神を忘れない井上氏。古巣に対しても、業界全体に対しても思い入れが深い井上氏だが、現在のキャラクタービジネス界隈をどのように見ているのだろうか。

「僕は専門学校で講師もしているけれど、今の状況では、若手に向けて“この業界は最高だよ”とは言えません。それは悲しいことです。世界的な人気キャラクターを生み出している人は、いっぱいいるわけじゃないですか。そんな人が、大谷翔平とまではいかないけれど、世間に憧れられる存在になってほしい。若い子たちが、キャラクターデザイナーという職業に夢を見られる国であってほしいなと思うんです」

 サンリオは今、“クロミ”の著作者人格権を争う裁判の渦中にある。本来の生みの親であるスタジオコメットのアニメーターの名前が公式の書籍に記載されず、サンリオに所属する別のデザイナーの名前に変えられてしまっているのだ。井上氏はこう提案する。

「キャラクターデザインをした生みの親の名前は、嘘偽りなく、書いてあげるべきだと思う。サンリオも威圧的な態度をとるのではなく、作ってもらったことを認めるべきじゃないかな。できれば、生みの親には何か還元しないといけないと思いますよ。業界をリードするサンリオなのだから、関わるクリエイターがのびのびと活躍でき、憧れるような環境になればいいなと思います。

 個人的には、サンリオには様々な面で業界を牽引していってほしいと願っています。それは利益面だけでなくて、クリエイターの処遇についても言えます。サンリオに入社したり、サンリオと関わったら、ここまで夢を追える――そんな会社になってほしい。そうなれば、どんどん有能な若手が入ってきて、業界全体が育っていくと思うんですよ。そのためにはまず、キャラクターを生み出す人を開発者として正当に評価すべきだと思います」

 井上氏がこう期待するように、日本のキャラクタービジネスの先端を走るサンリオがクリエイターを重視する企業になれば、優れた若手が育っていくだろうし、業界は大いに活性化するのではないか。今後のサンリオにコンテンツビジネスの未来がかかっているといえる。

取材・文=宮原多可志

デイリー新潮編集部

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