人間は「諦め時」が肝心 筋トレも出世もプロ野球も…「諦める」を増やしてラクに生きよう(中川淳一郎)

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 人間はどこかで諦め時を定めなくてはなりません。その考えを持つに至ったのは、17歳から続けていた筋トレを40歳でやめた時です。

 仰向けになってバーベルを上下するベンチプレスは、最初40kgしか上がらなくても1年後には80kgを上げられるようになります。さらに少しずつ成長し、23歳の時には115kg上げられるようになり、関東学生パワーリフティング選手権大会に出場して5位入賞。この間、体重は55~59kgでした。

 そこから先は筋肉量の維持だけを考え、週に2~3回の筋トレを続けました。自分もエラかったのです。

 そして迎えた40歳。忙しい時期にジムから帰った後、「オレ、一体いつまでコレをやるんだ……」とふと思い、がくぜんとしました。

 筋肉って高齢者になっても鍛え続けられるので、筋トレが好ましい活動なのは確かです。しかし、若い頃ほど成長はせず、仕事で多忙な中で筋トレする時間を作るのも難しい。そこでエイヤッとやめました。

 数週間もすると明らかに胸の筋肉が薄くなり、腕は細くなっている。筋トレ再始動も考えましたが、「いや、ここで再開したら70歳まで、あと30年続けることになる。もうムキムキボディは諦めよう」との境地に突入。あれから12年、今や懸垂は1回もできず、腕立て伏せも5回しかできません。それでもいいのです。

 同様のことは出世にもいえます。大企業に入った場合、入社当初こそ“役員を目指すぜ!”なんて考えても、35歳を過ぎたあたりから明らかに出世する人間としない人間に分かれていきます。そこで穏やかにヒラ社員として定年を迎えようと決心できる人は存外幸せです。「次のプロジェクトで挽回し、憧れの営業本部へ行くのだ!」なんて目標を立てたって、35歳までに成功体験のない人には、なかなかかなわぬ夢です。

 私の会社員時代の同期に潔い人物がいました。46歳の時の発言が「出世しないサラリーマン、最強ッ! オレは『釣りバカ日誌』の浜崎伝助と『美味しんぼ』の山岡士郎を目指す!」

 とはいえ最低限の仕事はこなすふうで、こんな社員がいてもいいと思ったし、何より彼は幸せそうでした。

 諦め時を、アスリートはよく分かっています。プロ野球でも自由契約になりそうな選手はその気配を感じ取るそうで、最後のあがきとしてトライアウトに参加するのは、一つの儀式、ないしは夢を諦める最後通告を受けるために出ている面もある。トライアウト後はみなどこか清々しく、やり切った表情が印象的です。

 一方、お笑い・音楽については“ヤレる現役”か否かの絶対的な尺度がないため、よわい40を過ぎても「いつかはM-1優勝」「いつかはオリコントップ10入り」と願い続ける人も多い。どこかで見切りをつけ、芸人生活(実際はアルバイトがメインの暮らし)から脱した方がいいのではと、かつてお笑いの取材を多数こなしていた頃に思いました。

 人生の進路と比べるとスケールは極小ですが、私が諦めたのは「信号が点滅し始めた時に走って渡ろうとすること」です。疲れるし転ぶ恐れがあります。車の運転も断念。事故を起こして人を殺したくありません。

 諦めることを日々追加するとラクに生きられます。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年6月5日号掲載

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