芸能界の「理不尽さ」と戦ってきた俳優たちが躍動 Netflix「新幹線大爆破」ヒットの背景

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「安全神話」を逆手に

 また、この設定は日本の新幹線という公共性が高い乗り物の「安全神話」を逆手にとっているようなところがある。日本の高度経済成長期の象徴でもある新幹線が、同時に「制御不能な危機」の象徴にもなっているというアンビバレントな構造。最も安心できるはずの場所が一転して地獄に変わるというところが、物語に極度の緊張感をもたらしている。

 また、俳優陣の熱演も作品を支えた要素の1つである。とりわけ主演の草なぎ剛、そして主要キャストの1人であるのん。この2人が起用されたことには特別な意味があるような気がする。

 草なぎが演じるのは、爆弾が仕掛けられた新幹線の車掌・高市。どこまでも乗客の安全を第一に考え、冷静に、しかし強い覚悟をもって職務を全うする姿が印象的だ。パニック映画にありがちな過剰なテンションではなく、抑制された演技の中ににじむ気高さや深い人間味。それらは草なぎ剛という俳優が長年培ってきた「静かな強さ」によって説得力を持つ。SMAP解散以降、地上波テレビの世界から離れたところにいた彼が、こうした大舞台で本来の魅力を見せる場を得たことには大きな意義がある。

 一方、のんが演じるのは新幹線の運転士・松本。彼女は数百人の命を背負い、止まることの許されない列車を走らせ続けることになる。その責任の重さと精神の緊張を、彼女はわずかな台詞と表情や目線だけで見事に表現してみせた。極限状況で職務をまっとうする人間の覚悟が見えた。

 これはただの深読みかもしれないが、草なぎものんも、大手芸能事務所を離れたことで、しばらく地上波からは距離を置かざるをえなかった立場にある。自らの意志で旧来の枠組みを飛び出し、その代償として「主流」から外れてしまった2人。だが、そんな彼らが今こうしてNetflixという新天地で堂々たる演技を披露している。この構図は、危機に陥っても希望を捨てずに全力を尽くす新幹線の乗員たちの姿と重なる。

 こじつけに聞こえるかもしれないが、この作品を見る人は無意識のうちにそういうところも感じ取っているに違いない。圧倒的な困難の中でも真摯に自分の仕事をまっとうし、他人の命を預かりながら走り続ける彼らの姿に、芸能界の理不尽さと戦ってきた俳優としての実像が重なって見えてしまう。それゆえ、彼らの演技はただの演技にとどまらず、「ここに立っていること自体が尊い」というふうにも見えてくる。

 スタッフの「彼らにこの大役を託す」という決断、その背景にある願いや意地が伝わるからこそ、見る側にも同じだけの熱量が生まれることになるのだ。

「新幹線大爆破」のヒットの背景には、さまざまな要因が複合的に絡み合っている。極限のドラマに重なる俳優の人生。フィクションとリアルがシンクロしたとき、作品は1つの現象になる。こういう映画が多くの人に支持されているというのは、芸能界やエンタメ界全体にとってポジティブな兆候であると言えるだろう。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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