「僕は道化みたいなもの」40歳の浮気サレ夫 恋愛観の原点は「男を食い尽くす女」との日々

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新恋人は「物足りない」

 社会人になって3年たったころ、仕事関係である女性と知り合った。強烈な前カノと違い、いたって思慮深い常識的な女性だった。自分にはこういう人が合うのだと思った彼はアプローチし、つきあいが始まった。

「奔放な前の彼女から一転、落ち着いたデートを重ねました。読書が好きで、クラシックを聴く。学生時代はボランティア活動をしていたそうです。人生において、自分が生きる意味を一生懸命、考えて進んでいくタイプ。前向きで素敵な女性だと思いましたが、つきあいが続くうちに、なんといったらいいのか……申し訳ないけどつまらなくなってしまった。学生時代からひとり暮らしなのに朝まで遊んだこともないというし、連休があるとすぐに実家に帰ってしまう。本当は家庭をもつなら彼女のような人がいいんだろうけど、当時の僕には物足りなかった」

 毎日連絡をとりあっていたのが3日に1度になり、少しずつ間遠になっていった。悪いと思いながら積極的に会う気がしない。彼は男友だちと飲みに行くことが増えていった。

「ある日、友人たちと別れて町をさまよっていたら、ジャズバーがあって、店の前に涼子のおにいさんの名前を見つけたんです。懐かしくてふらっと入りました。入り口でばったりおにいさんに会って。『久しぶりだねえ』と握手しながら『涼子、来てるんだよ。見ないほうがいいかもしれない』って。それでも入っていったら、涼子が外国人の男といちゃいちゃしてました。まあ、そういう女だから驚きはしなかったけど」

野良猫のような涼子さん

 ひとりで座っていると、涼子さんがふらふらとやってきた。座っていい? そう聞かれればいやとは言えない。相変わらずというか、あの頃以上に彼女は凄みのある美しさを湛えていた。

「駆け落ちの相手はどうなったのと聞いたら、ふふふと笑って煙草をくゆらしていた。やっぱりかっこよかった。やり直そうなんていう言葉を出したらバカにされそうだったから、そのままぽつりぽつりと会話を交わしながらジャズを聴いて。深夜、何も言わずに彼女のアパートへ一緒に行きました。彼女はものすごく積極的で、僕の上で乱れまくっていた。そんな彼女はやはり素敵だったんですよ」

 一緒にいたい。ずっといたい。そうつぶやくと「私みたいなろくでもない女とはつきあわないほうがいいわよ」と彼女が言葉を投げてきた。だが彼は知っていた。実は彼女がとても優しいことを。

「前につきあっていたとき、夜、彼女のアパートへ行こうとしたら彼女がしゃがみこんでいるのが見えたんです。どうしたのかと思ったら、野良猫と遊んでいた。猫に雨がかからないように自分のコートを広げて。近寄って、部屋に入れてあげたらと言うと、『コイツは自由が好きなのよ』と。僕の顔を見ると猫は逃げていったから、彼女は野良猫を手懐けていたんでしょう。その野良猫は彼女そのものだったのかもしれない。自由でいたい、だけど寒くて雨の降る夜は誰かと過ごしたい。彼女がそう訴えているように感じました」

 確かに彼女は浮気はしていたが、幹一郎さんに冷たくしたり傷つけるようなことを言ったことはない。自由で自立していて、寂しくなるとすりすりと近づいてくる。そんな女性だったのだ。

「あなたは好きなように生きればいい。僕はそんなあなたのそばにいたいだけなんだ。やっぱりあなたを忘れられなかった。そう言うと彼女は僕の頬を両手で包んでじっと目を見ていました」

 愛してる。あなたでなければダメなんだと彼はつぶやき続けた。

 ***

 奔放な涼子さんが忘れられない幹一郎さん。そんな彼が「道化」と自嘲するようになったのは、結婚後に訪れたある“出来事”がきっかけだった。【記事後編】で詳しく紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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