「トワイライト・ウォリアーズ」で注目の“オールド香港” 400年の歴史を数える“不法占拠”の村は今が訪問のラストチャンス
MTR駅ができるまでは“陸の孤島”
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」の大ヒットにより、日本でも“オールド香港”への関心が高まっている。SNSでは聖地巡礼の報告が人気を呼んでいるものの、映画の舞台となった九龍城砦はとうに取り壊され、“世界一危険な空港”こと啓徳(カイタック)空港は1998年に閉港。妖しく光るネオン看板も2010年の法改正によりほぼなくなった。
【写真】入り組んだ路地、石造りの家屋、歴史が詰まった「榮華冰室」…2025年の茶果嶺村
変わり身の早さこそ香港ではあるものの、旅人を魅了し続けた“カオスな香港”は消えていく。そんななかでまたひとつ、400年の歴史を数える村が再開発により消滅のカウントダウンに入った。啓徳空港の旧滑走路が突き出た九龍湾、その西に位置する茶果嶺(チャクォリン)村だ。
「いま残っている『九龍城砦のような場所』としては最後かもしれないですね。ここは無法地帯ではありませんが」と、案内役の香港人Aさん。90年代から茶果嶺村の近くで暮らし、徐々に衰退していく様子を見つめていた人物である。
「茶果嶺村は九龍湾に面した細長い集落で、背後に山が迫っています。今でこそMTR(地下鉄)観塘線の藍田駅(1989年開業)からミニバスや徒歩でアクセスできますが、1979年にひとつ隣の観塘駅が開業するまではいわゆる“陸の孤島”だったんですよ」
海側の茶果嶺道が4車線の道路にグレードアップされた一方、集落の内部には昔ながらの細い路地が通る。その左右に建ち並ぶ建物は店舗と住居の一体型も多い。2025年5月現在、立ち退きは終盤。香港らしい蛇腹式のシャッターには建物閉鎖の告知が貼られ、郵便受けには政府からの配布物が無造作に突っ込まれていた。
法の隙間に落ちて「寮屋」の村に
香港はもともと石材に恵まれた地である。採石地が集まる茶果嶺村とその周辺は「九龍四山」と呼ばれ、香港島が英国に割譲された1842年頃には客家の石工たちが住んでいた。
茶果嶺村が英領香港となったのは、1898年に「新界」地域の99年間租借が始まってから。1930年代に行政区域の再編で「市区」地域に変わり、住民は新界の先住民という身分と私有地に家屋を建てる権利を失った。そのため、村の建物は“公有地の不法占拠”という扱いとなる。違法だが、撤去されるまで存在と居住が認められるというこの種の建物は「寮屋」と呼ばれ、茶果嶺村は現存する数少ない「寮屋区」だ。
戦後、貯油施設の建設や中国からの移民で茶果嶺村の人口は急増。寮屋区を拡大させつつも、集落としては繁栄していった。50年代には教会や学校も設立されたが、増改築を繰り返した建物が生き物のように入り組む様はまるで「九龍城砦の平地版」だ。60年代には密造酒を作る店もあったという。
もぬけの殻になった集合住宅もある。急な階段を上った先は、日中でも工事作業用のライトが灯るほど暗い。共同の台所やトイレ、居室はどれもかなり小さな作りだ。
「住環境はあまり良くなかったそうです。所得が多い人たちの集落ではなかったので」とAさん。住民たちの多くは採石場などで働いたが、賃金は安く、生活は苦しかった。それを補うように、隣近所で助け合う意識が発達する流れは必然だ。特殊な地域で築かれた貧しい住民たちのコミュニティという点も九龍城砦を彷彿とさせる。
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