「ある年、年賀状が宛先不明で戻ってきて…」 “およげ!たいやきくん”作詞家も気にする「子門真人」の消息 フジの担当者に託した伝言とは
半世紀前、子供向けのテレビ番組「ひらけ!ポンキッキ」用に作られた歌が、空前の大ヒットを記録する。1975年12月に発売され、子供も大人も買いに走り、累計450万枚以上を売り上げた。その曲「およげ!たいやきくん」の作詞家が制作の背景と、あの“行方知れずの歌手”を振り返る。
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【写真を見る】“くるくるヘアに丸眼鏡”が懐かしい…おなじみの「子門真人」の姿
「海で泳がせてあげたら面白いかなって」
なにしろ記録的な大ヒットだっただけに、その要因はさまざまに解説された。定説となっているのは「国鉄のストで頻繁に電車が運休し、家にいることになったお父さんたちが子供と一緒に番組を見て、この曲に共感した」というものだ。
確かに“毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ”と嘆くたいやきくんに、休みなく働く昭和50年代のモーレツサラリーマンが己の日常を重ねたのもうなずける。が、
「そういう狙いは全くなかったですね」
そう朗らかに笑うのは、作詞家で絵本作家の高田ひろお氏(78)。なぜたい焼きを詞に?
「僕は北海道の釧路出身で、小学生の頃、寒さの厳しい冬に銭湯の帰り道、買ってもらったたい焼きを腹に入れて暖を取っていました。東京に出て『ポンキッキ』の曲の詞を担当していた頃、住んでいた練馬でたい焼き屋さんを見かけたんですね」
よみがえったのは故郷の記憶。
「海で泳がせてあげたら面白いかなって。歌詞の中でたいやきくんが飛び込む海は、僕の中では故郷の北海道の海でした」
子門の懐に入ったのはたった5万円
レコード版の歌唱を担当したのは当時31歳だった子門真人。世間的には無名だったが、「仮面ライダー」の主題歌や今でいう“アニソン”のレコードを多数出しており、経験は豊富だった。
「レコーディングの際、僕と作曲家の佐瀬寿一さんと子門さんが並んで座っていた時、子門さんは真っ先に話しかけてくれて場を和ませてくれました」
売り上げに応じてギャラが入る印税契約ではなく買い取り契約を選んだせいで、懐に入ったのは歌唱料の5万円だけだった子門。クルクルヘアーに丸眼鏡という特徴的な外見で、
「ヒット後、たまに子門さんと佐瀬さんの三人で飲みに行ってましたが、子門さんがすぐ見つかってしまう。だから、店でよくサイン攻めにあってましたね」
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