トランプ関税「対米包囲網」失敗で高まる中国の政情不安リスク…他国は中国製品の「違法な迂回輸出」阻止に躍起

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「米国からの注文がゼロになった」

 中国政府にとって最も懸念されるのは、米国の関税引き上げの自国経済への打撃だ。

 中国の4月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.0と、前月に比べて1.5ポイント低下した。3カ月ぶりに好不況の境目である50を下回った。米国の関税引き上げにより生産や受注が不調だったことが主な要因だ。

 海外からの新規受注を示す指数は44.7と、4.3ポイントもの大幅な低下となった。この水準は、ゼロコロナ政策の緩和で新型コロナウイルスの感染が急速に広がり経済活動が停滞した2022年12月と同じ低さだ。

 5月以降もこの傾向が続く可能性が高いのは言うまでもない。

 中国の輸出業者は米国との貿易戦争の長期化に不安を募らせている。彼らから聞こえてくるのは「米国からの注文がゼロになった」「対米出荷が半年停止すれば廃業せざるを得ない」などの嘆き節だ(4月30日付時事通信)。

中国お得意の「情報隠し」

 米金融大手ゴールドマン・サックスの推計によれば、中国で対米輸出に従事する人は約1600万人に上るという。ベッセント米財務長官は、米国の関税引き上げにより中国で1000万人の雇用が失われる可能性があると主張している。これが正しいとすれば、彼らの3人のうち2人が失業の憂き目に遭うことになる。

 フィナンシャルタイムズは5月4日、中国で賃金未払いや工場閉鎖に抗議する労働者のデモが多発していると報じた。追加刺激策を求める声が強まっているものの、一向に有効な対策を打ち出さない中国政府は、お得意の「情報隠し」に手を染め始めている。

 ウォールストリート・ジャーナルは5月4日、中国政府は研究者らが活用してきた数百に及ぶ経済データの発表を停止したと報じた。非公開になったもので特に重要なのは土地の譲渡や海外からの直接投資、失業率などに関するデータだ。

 非公開の理由は明らかになっていないが、不動産市場の低迷や雇用難などの「不都合な真実」を隠蔽する狙いがあったことはたしかだ。

貿易戦争が「無差別襲撃事件」の遠因に

 中国政府は昨年末から無差別襲撃事件に関する情報を統制してきたが、さすがに隠し通すことは難しくなっているようだ。

 中国の主要メディアが沈黙する中、有力紙「明報」などの香港メディアは、浙江省で4月22日、小学校前で暴走した車に帰宅途中の児童ら多数がはねられて負傷したと報じた。

 山東省でも5月4日に車が暴走し6人の死者が出たが、地元の警察はこの事実を公表しなかった。だが、人民日報系「環球時報」前編集長ら著名な論客が批判すると、2日後に主要メディアは警察からの情報として一斉に報じた。

 無差別襲撃事件の背景には、深刻な失業問題があると言われている。米国との貿易戦争が長引けば長引くほど同種の事件が頻発するのは間違いないだろう。

 面子を重んじる中国政府は相変わらず強硬姿勢をとっているが、そのせいで中国全土の政情不安リスクが一気に高まってしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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