常に“命の危険”と隣り合わせ…高層ビル「窓ガラス清掃員」が強風や酷暑以上に“危険”と感じる「高所平気症」とは

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地上とは大違いな安全対策

 転落すればほぼ「死」を意味する高所窓清掃員。こうした危険を伴う現場に立つには、「ロープ高所作業特別教育」、「ゴンドラ特別教育」、「フルハーネスの特別教育」、「高所作業車」などの資格や受講が必要になる。

 実際に高所で作業をする彼らの安全に対する向き合い方は非常にシビアだ。

 冒頭のビル入口で出会った清掃員たちの話に戻ろう。

 地上で出会えた彼らの様子を、エレベーターを何度も見送りながら観察していると、何やら交互に自分たちの姿を写真に収めている。正面だけではなく、後ろ姿なども念入りに撮影しているのだ。

 若い作業員たちが笑顔で撮り合っていたため、最初は個人的に楽しんでいるのかと思っていたが、どうやら様子が違う。そこで思わず「なぜ写真を撮っているのか」と声を掛けたのだが、それに作業員の1人がこう返してきた。

「安全な装備をしっかりしているかを記録して撮っておくんです」

 聞くと、作業前と後に必ず写真を撮っておくのだという。何かあった時のための「エビデンス」になるのだ。

 今回話を聞いた他の清掃員たちからも、同じような声がいくつも聞かれた。

「この仕事では記録は大事。作業員たちの安全意識も全然違います」

現場で一番怖いもの

 現場で行われている安全対策はそれだけではない。

 作業中に携える荷物は極力少なくするようにし、作業時に使用するものには全て紐やロープで身体に繋げておく。どんな小さな物でも高所から落とすと、地上にいる人間にとって凶器になるからだ。

 そのため、作業時は腕時計やアクセサリーも全て外し、眼鏡も落下防止バンドなどを使用するか、コンタクトレンズに切り替えて対応する会社もあるのだ。

 もう1つ、安全な作業の障壁になるのは「風」だ。高層階は地上よりも2倍ほど風が強いという。

「風速7~10m/sを超えると、中止や再検討になることが多いです。が、数値より体感を重視することも。朝は問題なくても、途中で強風になって撤退するケースもあります」

 そう聞くと、最上階が一番風の影響を受けると思われがちだが、実は作業をしていて一番怖いのは、ある程度下に降りたあたりだそうだ。

「作業員は吊られている状態なので、強風時はロープが長くなるほど振られやすくなるんです。なので、ロープを固定した最上階よりも、少し下に行ったあたりが一番怖いです」

 が、現場で何よりも「危険」な要因になるのは、落下物でも風でもないと、今回話を聞かせてくれた人たちは口をそろえる。

「“慣れ”ですね」

 今回の取材で、筆者が彼らに真っ先に聞いたのは「怖くないのか」。

 後になって「高所で仕事している人になんたる愚問を差し向けていたんだ。怖かったらそんな仕事選ばないだろう」と、一瞬自身の質問を恥じたのだが、意外にも「怖いです」と答える人が少なくなかった。

「この仕事をするうえで、いつまでも『怖い』という気持ちを持ち続けられることは素質の1つなんです。危険が伴う仕事なので、恐怖に100%慣れることはあってはいけないことなので」

 調べてみると、高所で働く人たちの間では、「高所平気症」という言葉がよく聞かれる。
医学的な言葉ではないが、最初怖かったが、慣れるとやがて恐怖心がなくなってくる症状を表した造語だそうだ。

 これは作業員だけでなく、高層マンションの上階に住んでいる子どもの多くがこの「高度平気症」と呼ばれるような状態であるという声もある。高所を怖がらないと、事故に繋がりやすい危険性もある。

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