トルコ現地取材はなし 入管法の欠陥、地域住民の不安も取り上げず…NHK「川口クルド人特集」が犯した重大な過ちとは
入管法の欠陥
第二に、川口市におけるクルド人問題の背景には、2023年以前の入管法の欠陥があったことに触れていない。トルコ人は短期訪問について査証(ビザ)免除措置を受けていて、パスポートさえあれば観光や親族・友人訪問などを理由に日本に入国できる。2018年までは、日本で難民申請をすれば半年後から自由に就労することができた。いわゆる“難民ビザ”であり、難民制度を利用して日本での就労を目指す者に重用された。さらに難民申請は何度でも繰り返すことができ、その間は自由に稼働できた。
一番大きな問題は、難民申請中は例外なく本国送還ができないという「送還停止効」だった。難民申請を繰り返せば働きながら何十年でも日本に居残り日常生活を送ることができたのだ。重大犯罪で刑期を終え、強制送還される直前であっても難民申請しさえすれば送還は直ちに停止されるという世界にも例のない「人道的」な条項だった。「送還停止効」は、2004年の入管法改正の際に、難民申請中の者が不法入国などの理由で送還されることを防ぐために設けられた条項だが、それが意図に反して日本で就労を目指す者に利用されてしまったのだ。
その結果、帰国を拒否する「送還忌避者」が多く出た。帰国を命じられた者は原則として入管施設に収容されることになっているが、実際には人道的考慮から収容を解かれる「仮放免」という制度がある(この制度は昨年の入管法改正で「管理措置」になった)。合法的な在留資格を持たず、日本にいることが認められない者であるから、就労は認められず、社会保険に加入もできない。2025年2月時点で、難民申請中の「特定活動在留資格」を持つトルコ国籍者(主にクルド人)が2573人、難民認定申請で不認定となり不法滞在状態の者が1098人、そのうち帰国を拒否する仮放免中の者が738人いたが、その大半が川口市周辺にいた。
このような旧入管法の「隙間」を突く形で、クルド人難民申請者や仮放免者が川口市を中心に集住した。解体業で働き、親族を呼び寄せ、結婚して子供ができ、就学して定住した。「移民連鎖」で次から次へと人口が増えた上、2023年にはクルド人が多く住むトルコ東南部地帯の大地震の影響か、来日して難民申請する者が前年の445人から2406人へと急増した。仮放免者の中には罪を犯す者もいたが、入管庁による彼らの強制送還は人員と予算の制約からなかなか進まなかった。その結果、地域住民との摩擦も深まっていった。番組はこのような文脈、構造的な問題に全く触れていない。
地域社会の不安
第三に、番組は当事者や支援団体の声を同情的に紹介する一方で、地域住民の不安や懸念をまともに取り上げていない。「ゴミ出しのルール違反」「深夜の騒音」「交通ルールの無視」に始まって、ナンパや性加害などにより地域住民が不安を持っていることは「リアル」であるが、番組はそれらについては触れないか、過小評価している。2023年7月の川口市議会定例会では、議員から「地域住民の不安や生活の質の低下」に関する質問が出され、埼玉県議会でも「川口における外国人トラブルと多文化共生政策の限界」に関する議論がなされている。自治体の議会や行政、さらに入管庁などの国の機関も対応に苦慮しているのだが、それは全てスルーされている。
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