「堤幸彦監督」「ドリカム中村正人」との刺激的な体験 ジャズ・ピアニストの上原ひろみが語る映画と音楽「制約も含めて楽しめました」
4月に新譜「OUT THERE」を発売した世界的なジャズ・ピアニスト、上原ひろみは日々、「人」や「街」「カルチャー」などから様々なインスピレーションを受け、自身の音楽に還元している。2023年公開の石塚真一原作のアニメ映画「BLUE GIANT」で音楽監督を務めたことは記憶に新しいが、最近もある映画への参加が「新しい自分」との出会いにつながったと語る。【ライター/神舘和典】
(全2回の第2回)
「空を見上げたらオリオン座が」
前編のインタビューでは、世界をステージに活動を続けるピアニスト、上原ひろみのバンドHiromi’s Sonicwonderの新作「OUT THERE」から「Yes! Ramen!!」について、ひいてはラーメン愛について、主に話を聞いた。
音楽は人がつくり演奏する。
だから、音楽家の内面は作品に色濃く反映される。では、暮らしや文化、カルチャーのなにが上原ひろみの音楽の“種子”になっているのか、この後編では聞いていく。
歌モノ、組曲、ソロピアノなど「OUT THERE」はバリエーション豊かな作品が収録されている。組曲「OUT THERE」の3曲目は「ORION」。星が流れるようなピアノが印象的だ。前作『Sonicwonderland』には「ポラリス」という北極星をタイトルにした曲がある。世界をまわり演奏するひろみは、その土地その土地の夜空からもインスピレーションを得ている。
「確かに、このところ星や星座をタイトルにした曲は続いていますね。星は冒険者に必要なもの。そこにずっと存在してくれて、道標になってくれる。大切だと最近思っているから、作品へと発展しているのかもしれません。実際に星を見上げていて、音が聴こえてくることがあります。今作の『ORION』は、頭のなかでメロディーが鳴り始めたときに空を見上げたらオリオン座があったので、タイトルにしました」
音楽以外のカルチャーからも影響を受けてきた。
「今までにも映画から刺激を受けた体験はあります」
上原は2007年に公開された浅田次郎原作の映画「オリオン座からの招待状」で、メインテーマ「PLACE TO BE」を作曲し演奏。作品のイメージから作曲し、演奏した曲は、宮沢りえと加瀬亮が主演の純愛の物語をより情緒的に彩った。2023年公開の石塚真一原作のアニメ映画『BLUE GIANT』では音楽監督と作曲、そして主要人物の1人でピアニストの沢辺雪祈の演奏を担当している。
「Page30」の貴重な体験
「直近では堤幸彦監督の『Page30』の音楽をやらせていただきました。作品のエグゼクティブプロデューサーは、ドリカム(DREAM COMES TRUE)の中村正人さんです。音楽は正人さんからの依頼でした」
4月11日全国公開の「Page30」は、役者が役者を演じる物語。4人の女優が舞台で役を獲得するために3日間、役者人生をかけて戦う。スマホも時計も奪われた環境でそれぞれの素顔が暴かれていく、というストーリーだ。
実はドリカムとの音楽的交流は長い。最初の共演は2006年。東京・恵比寿のリキッドルームでセッションをした。その後は2009年の国立代々木競技場で行われたドリカムのプレミアム・コンサートのクライマックスや、2023年に開催されたジャズフェス「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN」でも共演してきた。
「堤監督と中村正人さんからは、尺だけ守ってあとはすべて自由に音楽を演奏してほしい、と任せていただきました。つまり、映像に音楽をのせる場面は厳密に指定されました」
ラッシュの映像(音楽の収録されていない、作品編集前の台詞付き映像)を受け取り、自宅で何度もくり返し見ることでイメージを膨らませていった。
「俳優さんたちの台詞も、その抑揚も脳に記憶されるまで観て、1作を通して即興演奏をしました。自由にやってほしい、と言われたものの、サウンドトラックですから尺のほかにも制約はあります。物語を意識しなくてはいけないし、俳優さんの台詞が聞き取れる音楽でなくてはいけません。でも、その制約も含めて楽しむことができ、刺激的な体験でした」
自分の作品の制作とは違う手法が新鮮だった。
「堤監督の世界観を意識して、俳優さんたちが演じる役のキャラクターや表情に合わせたピアノの音色を考え抜いた。映像を観てインスピレーションを得ながら音をつくっていきました」
完成した音を聴き、新しい自分と出会えた気がした。
「堤監督と正人さんには、シネマコンサート形式(コンサートホールで生演奏で行う上映会)で映画を観たいと言っていただきました」
「Page30」で上原が体験したアプローチが、今後の作品にどう反映されるのか楽しみだ。
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