離婚しても夫婦漫才を続けた「唄子・啓助」 「世にも汚い男」「才能があって頭がよかった」2人が遺した言葉でみる「本当の関係」

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「負けんなよ!」という温かい声援

「エロガッパ」を自称した啓助の真骨頂は、自らが失意の底に突き落とした元妻にすら「ほんとうに憎めん人やからね……」と言わせる、邪気のない愛嬌と優しさだろう。

 荒れた生活がたたり、番組収録中に骨盤骨折して入院した唄子をしばしば見舞い、ときには泊まり込んで慰めたのもまた、浮気の張本人だった。彼女の3度目の結婚に際しては、立会人を務め、手一杯の祝福を送った。夫婦別れから7年ほどのち、昭和45年には「唄啓劇団」を旗揚げし、かつての約束通り、彼女を看板女優に押し出していくのである。

 2年近く伏せていた夫婦別れの事実を新聞にスッパ抜かれ、それをファンに告げた場面というのが、実に「おもろい夫婦」らしかった。昭和40年秋、大阪の日立ホール(当時)である。

「別れた夫婦の漫才なんか見たない言うたらやめます」

 会場から返ってきたのは、「負けんなよ!」という温かい声援であった。

駒村吉重(こまむら・きちえ)
1968年長野県生まれ。地方新聞記者、建設現場作業員などいくつかの職を経て、1997年から1年半モンゴルに滞在。帰国後から取材・執筆活動に入る。月刊誌《新潮45》に作品を寄稿。2003年『ダッカに帰る日』(集英社)で第1回開高健ノンフィクション賞優秀賞を受賞。

デイリー新潮編集部

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