日本人が大嫌いだったアンドレ・ザ・ジャイアントの孤独 唯一理解していたのはG・馬場だった

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アンドレの孤独を理解していた馬場

 アンドレが亡くなった6年後には「東洋の巨人」ことジャイアント馬場(1938~1999)が亡くなったが、かつて馬場を見ると指をさし、「アッポー、アッポー」とはやし立て、笑い転げる子どもたちがいた。カメラでも持っていようものなら、それは大変。レンズを無遠慮に向け、シャッターを押し続けるのである。「ガリバー物語」で描かれた小人国の兵士らの弓矢攻撃のようなものだった。

 馬場は終始無言。私も高校生のとき、川崎の体育館で子どもたちに囲まれている馬場を見たことがあるが、その眼は限りなく静かで、悲しみさえたたえているようでもあった。

 だからなのだろうか。馬場はアンドレの孤独を理解していた人物と言われている。

 90年4月、全日本プロレス、新日本プロレス、WWEの3団体合同興行「日米レスリングサミット」(東京ドーム)で、馬場はアンドレとタッグを結成(通称「大巨人コンビ」)。すでにリング上では往年のような動きができなくなっていたアンドレを引き取るような形で、全日本の試合に参戦させた。

 馬場が率いた全日本はアンドレが最後にたどり着いた安住の地だったとも言えるだろうが、全盛期のアンドレが闘ったらどんな試合になっただろうか。想像するだけでウキウキする。

 話を戻そう。

 プロレスがショービジネスの一種であるとするなら、リングの内と外とを問わず衆人から高貴の眼で見られることは歓迎すべきことなのに、じろじろ見られるのはやはり苦痛だったのだろう。「俺だって人間だ」という思いをアンドレはいつも抱いていたに違いない。

「ゲラウェイ!(出ていけ)」

 控室でプロレス記者に声を荒らげたことも何度かあったというが、いつも不機嫌だったアンドレは徹頭徹尾、孤独だったのかもしれない。

忘れられない「あの試合」

 孤独といえば、こんな話もある。日本にやってくる外国人レスラーは泊まる宿が決まっていたが、アンドレだけは昔からなじみにしていたホテルに泊まっていた。アンドレにとっては本当にひとりぼっちになって心を休めることができた空間。ほかのレスラーと一緒のホテルに泊まるより、余計な気を遣わなくて済むと思ったに違いない。

 だが、晩年のアンドレはかなり丸くなり、日本からやってきた報道関係者の取材を自宅で受けたりしていたという。

 アンドレといえば忘れられない試合がある。否、「謎に包まれた不穏試合」と言ったほうがいいだろう。86年4月29日、三重県津市体育館で行われた前田日明(65)と対戦である。

 動画を見たが、試合開始後、アンドレは不敵な笑みを浮かべながらリング中央で仁王立ち。アンドレはプロレスの攻防に付きあう気は全くなかったのだろうか。異変を感じた前田が距離をとってのローキック攻撃に転換。何度も蹴りを繰り返したが、アンドレはまったく仕掛けて行こうとしない。業を煮やした古舘アナが「果てしない凡戦」とマイクに向かってしゃべっていた。

 この試合は、アンドレが前田のプロレスに一切付き合わず、潰しにかかった「セメントマッチ」だったともいわれる。やがてアンドレは大の字に寝転がり試合を放棄。アンドレは自身の商品価値を下げてしまったが、一方の前田は「アンドレを戦意喪失に追い込んだ男」として人気上昇。だが、イメージが先行してしまったことは否めないだろう。

 まあ、これ以上は書くのをやめておく。いずれにしても、アンドレが活躍した昭和のプロレスは、まさに「夢の世界」だった。呪われた悪の権化のようなレスラーが繰り返す非道な反則、ラフ・ファイトの地獄絵は、いまも脳裏に焼き付いている。その一方で華麗なファイトを見せ、悪役レスラーをことごとくなぎ倒したレスラーも記憶に新しい。

 古舘アナはプロレスを「闘いのワンダーランド(御伽の国)」と表現したが、「御伽の国」はアンドレ・ザ・ジャイアントという唯一無二の存在によって形成されていた面もあった。

 次回は浅草芸人の関敬六(1928~2006)。あの渥美清(1928~1996)が心から頼りにしていた親友で、映画「男はつらいよ」シリーズでは寅さんのテキヤ仲間などを演じた。決して演技はうまくはなかったが、浅草らしい泥臭さを持った味わい深い芸人だった。

小泉信一(こいずみ・しんいち)
朝日新聞編集委員。1961年、神奈川県川崎市生まれ。新聞記者歴36年。一度も管理職に就かず現場を貫いた全国紙唯一の「大衆文化担当」記者。東京社会部の遊軍記者として活躍後は、編集委員として数々の連載やコラムを担当。『寅さんの伝言』(講談社)、『裏昭和史探検』(朝日新聞出版)、『絶滅危惧種記者 群馬を書く』(コトノハ)など著書も多い。

デイリー新潮編集部

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