「人類のほとんどは滅びてもいい」という思想が背景に 本当は怖い「暗号資産」の話

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何が起きても補償はいっさいない

 ブロックチェーンを使った暗号通貨の取引では、ユーザーは秘密鍵(公開鍵暗号のパスワード)で自分のウォレットを管理する。同様に「自己主権アイデンティティ(SSI:Self-Sovereign Identity)」では、身分証明やアクセスデータなどのアイデンティティ(個人情報)はブロックチェーンに記録され、それを国家やグローバルテック(プラットフォーマー)のような中央集権的な組織ではなく、ユーザー一人ひとりが管理することになる。これによって、自分についての情報を自分だけが所有する「完全なプライバシー」と、自己主権を好きなように行使できる「完全な自由」が実現するのだ。

 だが、光が強ければ強いほど影も濃いように、クリプト・アナキストが描く「明るい未来」には暗い影が差している。

 問題は、非中央集権化されたWeb3.0の世界では、究極の自由を与えられる代償として、誰もが「自分のアイデンティティを適切に管理する」責任を負わなくてはならないことだ。はたしてわたしたちは、「自己主権」を管理できるほど賢いだろうか。――このシステムでは、秘密鍵を紛失してしまえば口座に何億円、何十億円の暗号資産があっても取り戻すことができないし、秘密鍵を奪われて他者にアイデンティティを偽装されるのは自己責任で、何が起きても補償はいっさいない。

暗号化を利用して根底から揺るがしたい

 クリプト・アナキストであるティモシー・メイは1994年に発表したサイファーパンクのマニフェスト「サイファーノミコン」で、「私たちの多くははっきりと反民主主義であり、世界じゅうの民主政治と称するものを、暗号化を利用して根底から揺るがしたいと思っている」と宣言した。メイのようなリタバリアンが「反民主主義」なのは、デモクラシーと自由が両立しないと考えているからだ。

 メイは国家を前提としたデモクラシーを否定し、暗号技術によって、市民たちがオンラインの利益共同体をつくり、互いに直接関係を結んで、国家とまったく無関係に生きることができる社会(自己主権をもつ自由な市民による真のデモクラシー)を構想した。

 だがメイはこのマニフェストで、「クリプト・アナキズムとは、機会を掴むことのできる者、売れるだけの価値のある能力を持つ者の繁栄を意味する」とも書いている。それから十数年たって、イギリスのジャーナリスト、ジェイミー・バートレットがその真意を訊くためにメイを訪ねた。

 メイの答えは、バートレットの著書『闇(ダーク)ネットの住人たち デジタル裏社会の内幕』(CCCメディアハウス)からそのまま引用しよう。

《「私たちは、役立たずのごくつぶしの命運が尽きるところを目撃しようとしているんですよ」とメイは冗談めかして言った。「この惑星上の約40~50億の人間は、去るべき運命にあります。暗号法は、残りの1パーセントのための安全な世界を作り出そうとしているんです」》

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 積み立てNISAやら投資信託、あるいは競馬や競輪の延長線上に考えてはいけないものなのである。

デイリー新潮編集部

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