「400字詰めで肉筆4365枚!」…帚木蓬生さんが見事に書き下ろした「紫式部の生涯」

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ファンが待ち望んでいた作品

「帚木さんは福岡生まれ。東京大学仏文科を卒業後、TBSに入社しました。しかし医学への思いを捨てきれず2年で退社、九州大学医学部へ入学~卒業し、精神科医となるのです。病院勤務を経て、つい昨年までクリニックを開業していました。その一方、はやくから執筆活動もはじめており、医師と作家の二足の草鞋をはいてこられました」

 本格デビュー作は『白い夏の墓標』(新潮文庫)。1979年のことだった。

「これは、あるウイルスをめぐる医療サスペンス風の、壮大な人間ドラマです。先年のコロナ禍の影響か、ふたたび注目を浴び、ここ数年、増刷がつづいて“復活”しています」

 その後、『三たびの海峡』(吉川英治文学新人賞)、『閉鎖病棟』(山本周五郎賞)、『逃亡』(柴田錬三郎賞)、『水神』(新田次郎文学賞)、『守教』(吉川英治文学賞)などの名作を続々発表した(以上、すべて新潮文庫)。

 作品には医療サスペンス系が多いが、本格歴史小説も手がけてきた。

「『国銅』は奈良の大仏造営をめぐる歴史ロマン。『水神』は江戸時代、筑後川の大石堰工事にまつわる涙の物語。『守教』は隠れキリシタンの苦難の歴史。すべて医療サスペンスとは異なるジャンルですが、基本は共通しています。歴史や偏見に翻弄され、抗いながら真摯に生きる人間の姿です。そこには常に帚木さんならではの、温かい視点がある。よって医療系、歴史系の双方とも好きだという読者が多いんです」

 今回の「香子 紫式部物語」は、もちろん歴史系だ。

「実は、むかしからのファンは、“いつ帚木さんは『源氏』を手がけるのだろう”と、待ちに待っていたのです。なぜなら、ペンネーム〈帚木蓬生〉(ははきぎ・ほうせい)は、『源氏物語』第2帖〈帚木〉(ははきぎ)と、第15帖〈蓬生〉(よもぎう)からとられた、それほどの『源氏』ファンなのですから」

 ということは、まさに“満を持して”世に出たことになる。いったいどんな小説なのだろうか。読みどころなどを文芸編集者氏に解説してもらおう。

「まず、全5巻=2500頁超とあって、たじろぐ方が多いと思います。しかし、小説を読みなれた方なら、ましてや『源氏物語』や、紫式部などの平安文学に興味のある方であれば、まったく心配いりません。なぜなら、意外と細かく章立てされていて、後記も含めると全64章で構成されているんです。長短あるものの、平均すると一章が30頁程度ですから、とても読みやすい。連続ドラマを観るような、あるいは雑誌連載を読むような感覚で、どんどん読み進めることができます」

 次が、『源氏物語』現代語訳の部分。

「本作は基本的に、香子(紫式部)の生涯を描いた“小説”です。幼少期より、和歌どころか漢文も理解する才女でした。父親は教養あるひとでしたが、散位(役職のない“無職”官僚)なので、決して豊かではなかった。そこで香子は、常に自分が家族を支えなければとの意識をもっていました。このあたりは明治時代の樋口一葉を思わせます。そして第1巻第9章〈越前下向〉で、越前守に赴任する父に同行します。越前は、貴重品だった紙(越前和紙)が豊富に手に入る環境でした。そして第11章〈起筆〉から、いよいよ“源氏のものがたり”を書きはじめます」

 彼女には仲のよい姉がいたが、病弱で早世してしまう。

「この姉が亡くなる間際、香子に向かって『いつの日か、あれ(蜻蛉日記)を超えるものを書いておくれ。香子ならきっとできる』と言い残します(第6章〈出仕〉)。涙なしでは読めない名場面ですが、香子は、このことばを糧に、新しいものがたりを書きはじめるのです」

 ここからは、『源氏物語』の現代語訳と、香子の生涯が並行して綴られる。

「ここが本作の最大の魅力です。香子が『源氏物語』を書く様子が描かれ、そのまま“劇中劇”のように、その『源氏』の現代語訳が挿入されるのです。つまり、わたしたちは、紫式部の生涯や、当時の平安貴族たちの生活を“小説”として楽しみながら、『源氏』が書き上げられる過程に立ち会うことになります。この現代語訳が、とてもわかりやすい。いままで『源氏』を完読できなかったひとも、これなら最後まで読み通せるはずです」

 いわば“一粒で二度おいしい”アーモンド・グリコのような作品というわけだが、この編集者氏は「いや、二度ではなく、三度おいしい作品です」というのだ。

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