藤井八冠が棋王連覇も…破れなかった55年前の記録 「激しい流れに飲み込まれてしまった」

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攻められなかった伊藤

 佐藤九段は「角の働きを抑えることが重要と考え、敢えてと金を作らせる。そうした大局観が素晴らしい」「(両取をかけた)『3六飛車』は勝負手でした」などと称賛していた。ABEMAのAI(人工知能)が「BESTの手」として示していた「8七角」について佐藤氏は「これは人では指しにくい。やらないのではないかな」と話していたが、藤井は敢行した。

 また、佐藤九段が早くから懸念していた通り、序盤に「2六」まで進めた伊藤の銀が最後までほとんど働かなかった。それに加えて終盤、伊藤がずっと「歩切れ」だったことが大きかった。藤井の飛車の攻撃も歩が1枚あれば止まるのに全く止められない。持っていた駒で受けてしまえば、守り駒も攻撃の駒もなくなる。対する藤井の駒台には「1枚くらい伊藤さんにあげてよ」と言いたくなるほど豊富に歩が並んでいた。「歩のない将棋は負け将棋」とは古くからの格言だが、こういう将棋を表す言葉なのだと改めて感じた。

 将棋は実際以上に局面を悪く見てしまうことも敗北につながる。生真面目で慎重な性格の伊藤七段は対局前、自分にそうした傾向があることも吐露していた。この日も「3四銀」と攻めるほうがよかったように見える場面で、攻めなかった。「(銀が)押さえ込まれる展開になると思って、あまり考えませんでした」と局後に消極姿勢を振り返っていた。

 伊藤は「かなり多くの経験をさせていただきましたが、やはり力不足を痛感する1年ではありました」と話した。この大きな経験を活かし、もう一皮むけて臆せずに戦えば、藤井の同学年ライバルとしてまだまだ面白くなるはずだ。

記録達成を阻んだNHK杯

 この日、藤井が中原名人の記録を破れなかったことは先述の通りだが、これは対局前から決まっていた。すでに収録済みでこの日の午前中に放送されたNHK杯の決勝で、藤井が佐々木勇気八段(29)に敗れていたからだ。

 最初、佐々木が優勢に進めていたのを藤井が逆転し、佐々木は絶望的な状況だった。藤井のNHK杯連覇かと思われたが、藤井が9九に打ちこんでいた角を5五に引いて馬とした手が悪手だった。それまで藤井の勝率を95%としていたAIの数値が一瞬で逆になって驚いた。

 藤井は「激しい流れに飲み込まれてしまった」と後悔していた。

 テレビでの解説は羽生九段。彼は3月10日、NHK杯の準決勝で藤井に敗れていた。その将棋も、羽生が優勢だったのに土壇場で悪手が出て、終盤に藤井に逆転されている。どんな思いで決勝を見ていたことか。

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