「日常の料理に手は掛けなくていい」 『一汁一菜でよいという提案』土井善晴さんの“主演”映画が公開に

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 人気の料理研究家、土井善晴さん「主演」の映画が公開されることになった。もとになっているのは、土井さんに密着した「情熱大陸」(TBS系)で、映画のタイトルも「映画 情熱大陸 土井善晴」。初の映画“主演デビュー”を果たした土井さんの感想は――――。

 土井善晴さんといえば、長年出演した「おかずのクッキング」(テレビ朝日)や、いまも笑顔で料理を楽しませてくれる「きょうの料理」(NHK)、そして「料理」から考える人間学として、他にはない「食事学・料理学」を大学で教えるなど、活躍中だ。

 2016年刊行の『一汁一菜でよいという提案』は、単行本と文庫を合わせて40万部を超えるベストセラーだ。

 土井さんが「情熱大陸」の密着取材を受けたのは2022年7月のことだ。まだコロナ禍が明けきらない頃、家庭で料理をし、食事を共にするということの意味が、あらためて見直される時期でもあった。

 そこに目を向けたのが、「情熱大陸」のプロデューサー、沖倫太朗さんだ。以前、何種類ものアレルギーを持つ小さな子どもと出会ったことをきっかけに、「何を子どもたちに食べさせるか」に興味を持つようになったという。

「そこで土井さんに出演依頼のために会いに行き、実際にやりとりする中でその言葉や行動をもっと知りたいと思ったのです。というのも、「一汁一菜でよい」という言葉は、「一汁一菜こそがいい」と言ってるのではなく、「一汁一菜だったらみんな始められるよね、だから一歩踏み出そうよ」というどちらかというと「叱咤激励」のメッセージで、だからこそ「提案」なのだと分かったからでした。

 土井さんという人を通じて、食べることや料理することだけでなく、生きること、生活すること全般において、大事なメッセージが伝えられると思いました」

 自らカメラを回し、現場につきっきりとなった。番組の評判は上々、SNSでも大いに話題になった。

 今回はその番組を拡大して新しい取材も加えての映画化となる。監督は、その沖さんである。さて、そうなると、追いかけられて思わぬ「映画の主役」となった土井さんはどう思っているのか。

「恥ずかしい!の一言です。まさか自分がこんなふうに取り上げられるだなんて。うれしい一方で、恥ずかしいもんですわ」

普通のおいしさが大切

 もっとも、本などで伝えてきた自身のメッセージが浸透してきた実感はあるという。土井さんの話を聞いたり、本を読んだりして気が楽になった、という感想を口にする人は少なくない。栄養的観点からよく言われる「一汁三菜」ではなく「一汁一菜でもよい」と言われたことで、「ちゃんとした料理を家で作らなければならない」という呪縛から解放されたというのだ。土井さんは家庭料理の重要さを説く一方で、決して作る人にプレッシャーはかけない。同書から、そのメッセージをいくつか拾ってみよう。

 たとえば「普通においしい」ことの大切さについて――

「ご飯や味噌汁、切り干しやひじきのような、身体に良いと言われる日常の食べ物にはインパクトがないので、テレビのグルメ番組などに登場することもないでしょう。もし、切り干しやひじきを食べて『おいしいっ!』と驚いていたら、わざとらしいと疑います。そんなびっくりするような切り干しはないからです。

 若い人が『普通においしい』という言葉使いをするのを聞いたことがありますが、それは正しいと思います。普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です。切り干しのおいしさは、『普通においしい』のです。

 お料理した人にとって、『おいしいね』と言ってもらうことは喜びでしょう。でもその『おいしい』にもいろいろあるということです。家庭にあるべきおいしいものは、穏やかで、地味なもの。よく母親が自分の作る料理について『家族は何も言ってくれない』と言いますが、それはすでに普通においしいと言っていることなのです。なんの違和感もない、安心している姿だと思います」

 また「手を掛けない」ことの意味について――
 
「食事を一汁一菜にすることで、食事作りにストレスはなくなります。それだけで精神的にも随分とらくになるはずですが、その上で、自由にのびのびできる余暇という時間を作ることです。それによって楽しみができて、心に余裕が生まれてきます。

 こういった考えは、家事をらくしようとしてできたものではありません。一汁一菜は決して手抜きではないのです。手抜きしたなんて思うと、自分がいちばんいやな気持になるものでしょう。なによりも自分の気持ちに納得できることが大事ですから、そのためにも一汁一菜をよく理解していただきたいのです。

『料理はやっぱり“ひと手間”ですよね』とはよく聞かれる言葉ですが、それは労力を褒めているのであって、必ずしもおいしさにつながるものではありません。そんな言い方をするのは、一般的に手を掛けることが愛情を掛ける、思いを込めることにつながると思っているからです。しかし、日常の料理では手を掛ける必要はありません。家庭料理は手を掛けないもの。それがおいしさにつながるのです」(いずれも『一汁一菜でよいという提案』より)

 土井さんが目指しているのは「食の初期化」だという。基本に帰ることで、むしろ日々の暮らしは楽になる、という提案だ。一汁一菜で日々をシンプルに食べていると、ハレとケの区別ができ、メリハリがつく。

 こうしたメッセージに「救われた」と感じる人も多い。

「若い人につながってきたと思います。未来を考えています。さらにこの先に進んでみたい。人間がいまも自分の手で続けているのは料理だけ。料理することは自立した生活への一歩。一汁一菜でよいとなれば、誰にでも料理は始められる」

「主演映画」は、3月15日から、【第4回TBSドキュメンタリー映画祭2024】にてお披露目され、渋谷、梅田、京都で順次公開予定だ。3月15日(渋谷)と3月22日(梅田)にはご本人も舞台あいさつで登壇予定とのことだ。

デイリー新潮編集部

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