棋王戦 震災で妻を失った愛好家の駒を使って… 藤井八冠が言葉を選んで語った感想とは

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能登半島地震で妻を失った将棋愛好家の駒

 第1局は持将棋で引き分けになったが、今回の第2局は第1局の「指し直し」ではない。第1局も星勘定に換算され、両者ともに「ゼロ勝ゼロ敗」で第2局に臨んだ。

 藤井は年度内に1敗もしなければ、中原誠十六世名人(76)が持つ年度最高勝率8割5分5厘(1967年度)の記録を更新する。いまや藤井に抜かれていない記録の多くは、年数をかけてこそ達成できるようなものばかり。しかし、中原名人のこの記録は違う。この年、無敵の大山康晴十五世名人(1923~1992)を初対局で倒し、以後、長く将棋界のトップに君臨した大棋士・中原名人の強さを感じる。

 この日の対局では、石川県珠洲市の団体職員・塩井一仁さん(63)が提供した駒が使われた。塩井さんの自宅は元日に発生した能登半島地震で全壊。妻の紀美子さん(64)は家屋の下敷きになり、3日後に自衛隊に救出されたが、その後、死亡が確認された。

 失意の中、塩井さんが自宅に戻って片づけをしていると、4組の将棋の駒が無傷で出てきた。いずれも由緒ある高級な駒である。塩井さんはアマチュア3段の腕前で、日本将棋連盟石川県支部連合会の理事も務める。2009年から地元でのタイトル戦などに将棋の盤や駒を提供してきた。紀美子さんは結婚当初から将棋にのめりこむ夫に理解があり、大会で入賞すると大喜びしてくれていたという。

珍しい書体

 対局前日の検分で、塩井さんは2種類の駒を提示した。

「両方とも平田雅峰(がほう)の作品です。こちらはこれまで5回使っていただきましたが、こちらの清定(きよさだ)の書体はまだ使っていません」(塩井さん)

 駒師の平田雅峰(1959~2018)の将棋駒は最高級品と言われる。

 塩井さんは「もし、どちらでもいいということでしたら、私としてはこちらを使っていただければ」と遠慮がちに清定を薦めた。藤原定家(1162~1241)を祖とする江戸時代の書道の一派「定家流」の流れをくむ駒文字の書体である。

 藤井と伊藤は目を見合わせ、すぐに清定の駒に決めた。「歩」の文字の最後の画が下に長く伸びる独特の書体だ。

 対局後、使った駒の感想を記者に聞かれた藤井は、即答するのが難しかったのかもしれない。「うーん」としばらく考えて「少し珍しい書体かなとは思うんですけど。対局してみると本当にすごく、すっと局面に入り込める感じもありましたし。倒壊された家の中から見つかったということで。そういう点でも特別な駒だと思うので。私自身も指していて、いい将棋にしたいという気持ちは強くありました」などと語っていた。

 塩井さんは「(紀美子さんが)応援してくれていたから提供しようと思った。日常を取り戻すきっかけにしたい」と言う(「zakzak」2月15日配信より)。対局を見守った塩井さんは取材に対し、「若い2人の最前線の戦いを彩る駒となりうれしい」と話し、感無量の様子だった。

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