若貴兄弟の父・貴ノ花は「銭を取れる相撲」を取る力士だった…親子ほど年が離れた兄に鍛えられ、大輪の花を咲かせるまで

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 角界には、親子や兄弟、親戚関係にある力士や師匠が数多い。中でも一般にまで広く知られた兄弟といえば、共に横綱となった若乃花と貴乃花の「若貴兄弟」だろう。だが、2人の父である元大関・貴ノ花も、兄であり「土俵の鬼」と呼ばれた元横綱・若乃花(初代)の背中を追って角界に入っていた。※武田葉月『大相撲 想い出の名力士たち』(2015年・双葉文庫)から一部を再編集

勝利の瞬間、地鳴りのような歓声が

 昭和50年春場所千秋楽。大阪府立体育館を埋め尽くした観客は、横綱・北の湖―大関・貴ノ花の優勝決定戦を待ちわびていた。

 14日目まで1敗、北の湖を1差リードしていた貴ノ花は、本割りで北の湖に完敗。13勝2敗と星を並べた2人は、10分ほどの間を置いて、再び土俵に登場した。

 立ち合い、北の湖が右で上手を引くと、貴ノ花は左を引きつけて、頭を下げて食いつく。そこで、北の湖は上手投げを打つが、こらえた貴ノ花は右からしぼり、北の湖の体を起こして、渾身の寄りを見せる。北の湖の体が土俵から浮き、外へ出た。

 貴ノ花の勝利の瞬間、地鳴りのような歓声と共に、座布団が乱れ飛んだ。「横綱・若乃花の末弟」として入門して以来、つねにファンの注目を浴び続けていた。昭和47年九州場所で、輪島と共に大関に昇進したものの、すぐに横綱に駆け上がった輪島とは対照的に、大関にとどまっていた貴ノ花。

 いつか、貴ノ花の優勝を見てみたい。いや、優勝させてあげたい。

 そうしたファンの夢が、今、叶ったのだ。

優勝旗を手渡す兄の目に涙

 興奮さめやらぬ館内で、初優勝を果たした貴ノ花の表彰式が始まった。そこでも感動的なシーンが用意されていた。兄で師匠の二子山親方から、貴ノ花へと優勝旗が手渡されたのである。

 入門するからには、兄でも弟でもない。

 貴ノ花の入門に際して、そう言い放った兄は、実弟に厳しく接し、師匠としての立場を貫いてきた。現役時代、「土俵の鬼」と呼ばれた師匠。しかし、この日、優勝旗を渡すその目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「いいぞ! 日本一!」

 浪速のファンは、いつまでも「貴ノ花初優勝」の余韻に酔い続けていた。

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