虐待にいじめに五感喪失… 残酷設定超デカ盛りの月9「君が心をくれたから」から目が離せない

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 日本人が大好きな自己犠牲の物語。愛する人のために自分の夢や希望を諦めたり、身を退いたり捧げたり。そこに透けて見える「清らかさの強要」が苦手だ。自分を犠牲にしたら他罰的にならないだろうか。心のどこかで感謝されたいと思ったり、見返りを求めたりしないだろうか。自己犠牲には自己陶酔や自己満足がもれなくついてくるのではないだろうか。なんてことを考えながら、若い女性がたかが初恋で苛酷な自己犠牲を決意する月9「君が心をくれたから」を観ている。甘酸っぱい初恋を描くと思ったら過酷な喪失が待ち受けていて、その残酷さから目が離せなくなっている。

 主演は、眼球から零れ落ちる涙の演技が秀逸な永野芽郁。過去の月9ヒロインの中でも屈指の暗い背景を持つ(背景も設定も展開も苛烈な「この世の果て」にはたぶんかなわない)。心に病を抱えた母(真飛聖)から虐待を受け、高校では暗さと名前のせいで疎まれて、憧れのパティシエを目指したものの、職場ではパワハラ気味のスパルタ指導で自信を失い、自己肯定感ゼロどころかマイナスのヒロイン・雨ちゃんを演じている。

 そんな雨ちゃんに恋をしているのが太陽くん。花火屋の息子で天真爛漫と思いきや、ハンディキャップと罪の意識も背負わされていて。かなり盛り過ぎではあるが、目力を自在に調整可能な山田裕貴が適温で体現。太陽くんの明るさが雨ちゃんの閉じた心を開き、ほのかな恋心も芽生える。パティシエと花火師という、お互いの夢をかなえる約束をして社会に出る。宇多田ヒカルの歌声が胸をきゅんと締め付けるラブストーリー……じゃねえんだわ。そんなシンプルじゃないのよ。虐待にいじめ、育ててくれた祖母(余貴美子)の余命宣告、さらには流行のファンタジーが追い打ちをかける。

 太陽くんが車にひかれて死にかけたところに、黒ずくめの二人組が。あの世の案内人というのが斎藤工と松本若菜。太陽くんの命を助けるには、雨ちゃんの五感喪失が条件。視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚の五感を3カ月かけて徐々に失う契約をのめば、奇跡を起こして太陽くんを助けてくれるという。しかもこの話を太陽くん以外の人間に話したら、ふたりとも死ぬっつう制約つき。ロストorダイ!!

 キャッキャしながらカラフルで軽薄なパフェを食おうとしたら、立たないと食べられないような、超デカ盛りのパフェの上にパチパチと火花を散らす花火が刺さって運ばれてきた感じ? あ、ディスってるんじゃないの、花火刺さった超デカ盛りパフェ、案外好物なの。

 いろいろと盛ったうえで、暗く重くならないよう、救いをもたらす兆しも見えている。うっかり巻き込まれた形だが、超善人の公僕・白洲迅がいい働きをするし、若菜は案内人なのに感情移入して寄り添ってくれるし。うんちく多めで塩対応だが、五感喪失後の準備を促す工の脅しもごもっとも。さらには工の過去もうっすら見えてきたのが第5話。経験者は語る、かな。たかが初恋がわやだなと思いながらも、完食するよ、このパフェを。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年2月22日号掲載

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