不老不死は実現できる? 日本がリードする「老化細胞除去薬」の最前線

ドクター新潮 ライフ

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老化改善が期待できる「NMN」

 実はこのGLS1阻害薬は、アメリカではがんの治療薬として治験が行われている。中西教授は「がんも老化細胞による慢性炎症が一因になっていると考えられるため、がんの予防薬にもできるのではないか」と言う。

 ただし、まだ人に対する老化改善のデータはないため、この薬の恩恵をわれわれが受けられるのは、少しだけ先のことであろう。

 一方で、私たちがすでに普通に手に入れることができるものでも、老化改善が期待されている物質がある。なかでも、最も注目されているものの一つがNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)だ。

 NMNを前駆体とするNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)は、あらゆる生命が「エネルギーを使う通貨」のように利用する必須の物質だ。老化・寿命の制御因子として知られるサーチュインの中のSIRT1(サーティー1)というタンパク質もNADを使って生存に必要な機能を回復する。このNADは加齢とともに全身で減少することが分かっており、NADの減少がさまざまな機能の低下につながる。そこでNADを増やす働きをするNMNをマウスに投与したところ、マウスで顕著な抗老化作用があることが明らかになった。

 NMNは人への臨床試験も多数行われており、インターネットでも買えることから、世界中で大ブームとなっている。NMNは価格の幅が広く、1カ月分で数万円と高額な製品もある上、国産もあれば中国など海外産もある。さらに、錠剤としてではなく、より効果があるとして点滴での投与を行うクリニックも登場している。通販で購入できるもののなかにはNMN成分が検出されないまがい物の製品もあり、昨年12月に「狂想曲」と朝日新聞が報道するほどの過熱ぶりだ。NMN研究のパイオニアの一人であるワシントン大学の今井眞一郎卓越教授でさえ、次のように警鐘を鳴らす。

「NMN点滴は逆にNADを壊してしまう可能性もあり、安全性がまだ分かっていないため、注意が必要です。また、NMNを長期に大量摂取すると、副作用があることも考えられます」

脳のアップロード

 GLS1阻害薬やNMNなどの登場は、老化の治療という人類の大きなテーマに光をもたらすものだろう。とはいえ、たとえ老化を治療できたとしても、それでも人にはいつか死が訪れることに変わりはない。

 そこで、これまで見てきたような分子生物学とは全く別のアプローチ、工学研究から「意識の不老不死」を実現させようとする人たちの研究も併せて紹介したい。

 例えば、脳のアップロードを行うことで、不老不死を実現させようとする東京大学大学院工学系研究科の渡邉正峰准教授の研究もその一つだ。

 渡邉准教授は土台となる「誰のものでもない」意識をあらかじめ宿す機械を用意して、そこに人間の脳を接続し、記憶を転送することで、最終的には「私」の意識を移し替えることを目指す。もしも安全に意識が機械に移植されれば、人間の脳が死を迎えたとしてもその人の意識は機械の中で生き続けることになると渡邉准教授は言う。まるでSFのような世界だが、渡邉准教授は「マインド・アップローディング(精神転送)」の要となる、侵襲型ブレインマシンインターフェイスに関連して、その技術開発と医療応用を行う新たなスタートアップ「RUTEN」を起業した。

 渡邉准教授の思い描く意識のアップロードという未来が実現すれば、不老不死の一つの形といえるかもしれない。果たして、脳のアップロードは人類に何をもたらすのか――。

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