能登半島地震で発生した停電の元凶…先進国で唯一の“電柱だらけ”が被害の拡大を招いた

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電柱と電線がむき出しなのは日本だけ

 もう何年も前から、それどころか21世紀を迎える以前から、東京を訪れた外国人の「なぜ東京では電線がむき出しになっているのか」という質問を、幾度となく受けてきた。しかも、「日本について知りたいこと」のなかで一番に挙げる外国人が多いのだ。

 なぜかといえば、彼らは電線や電柱なるものを、ほとんど見たことがないからである。それでも、はじめて見た電線や電柱を、美しいとか、せめておもしろいと思ってくれたのならまだ救いもあるが、だれもが醜いものとして指摘する。

 国土交通省のデータを見てみよう。無電柱化の進み方は、ロンドンやパリが100%。アジアに目を移しても、香港やシンガポールは100%。台北は96%。ソウルは少し低くて50%だが、日本はどうか。首都たる東京23区が8%、第2の都市の大阪が6%という、愕然とさせられる数字である。この体たらくだから、地中化に一切無縁の自治体も少なくない。

 このため、風景に電柱や電線があるのが当たり前だと思っている日本人が多いようだが、電線がある風景は、先進国を中心とした世界標準に照らしたとき、きわめて特殊なものだといわざるをえない。私は仕事柄、ヨーロッパを訪れることが多いが、これまで電柱なるものを見た経験が、ただの一度もない。

日本人の美意識の劣化を招いている

 現在、円安の影響もあって多くの外国人が日本を訪れている。しかし、たとえば京都や奈良の伝統的な街並みが電線まみれなのを、外国人が眺めているのを見ると、私は恥ずかしくて仕方ない。

 電線の地中化は、災害大国である日本でこそ進むべきものなのに、世界と比してこれほど後れをとっている現状をどう受け止めればいいのか。また、いうまでもないが、電線が地中化されれば景観も回復する。現状では、電柱と電線がある風景に慣れてしまった日本人の美意識の劣化が心配になる。

 街並みだけではない。山並みも農村風景も同様だ。日本では山並みを眺めても、農村風景を眺めても、そこかしこに高圧送電線を支える鉄塔が並び建ち、美しかったであろう自然の景観を台無しにしている。一方、ヨーロッパでは高圧送電線の地中化も進んでいるため、鉄塔の数は日本と比較にならないほど少ない。

 地方自治体の関係者から、電線の地中化は地味で目立たないので、どうしても大規模再開発を優先してしまう、という旨を聞かされたことがある。嘆かわしい。再開発によって、その地方ならではの伝統や美点を消滅させ、はなから美点を損なっている電柱は放置する。その意識が、災害時の被害の拡大にもつながっていることを、能登半島地震を機に、あらためて考えたほうがよいと思うのだが。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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