「あの世で便秘のない永遠の時間を生きたい」 年末に横尾忠則を苦しめた強烈な苦痛

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 寒暖の差のせいか、それとも老化のせいか、便秘ぐせがついてしまいました。便秘薬も効果なければ、ただただ理不尽な苦痛に耐えるしかなく、限界で昨年の暮れに病院へ駆け込むことになったのです。

 その間の苦痛は世界の終末です。病院の救急センターへ着いたら、すぐ看護師さんの手で摘便をしてもらえるとばかり思っていたら、救急患者に対する病院のルールがあって、まず、レントゲン撮影を行ない、その後、医師の診察を経て、適切な薬の処方──。こんな呑気で悠長なことをしている時間などない! 便秘で死ぬとは思えないけれど、僕的には命にかかわる大事件なんです。

 以前、今回と同様に究極の便秘で近所のお医者さんに悲鳴まじりの電話をしたら、先生と看護師さんが駆けつけてくださって、看護師さんの摘便一発で地獄から天国に昇天したことがありました。今回もぜひ「それ」をやって貰いたいのですが、救急患者を受け入れる条件として厳密な診察と検査の結果、薬を処方──、「何をやってるんですか、薬など必要ないんです。病気じゃないんです。便秘、ベンピなんです」(と大声を上げるわけにはいかない。テレパシーで、医師の魂に猛烈に波動を送り続けるのだが、受信能力があるのか、ないのか、悲しいことに一向に反応がない)。

 看護師さんの摘便で一発解消するというのに、なんだったら僕が代って医者になりたいよ。同伴者の妻と事務所の徳永に、命の賞味期間の時間切れを訴えて、院長先生に直訴してもらいました。その結果、鶴の一声、看護師さんが急遽、特別治療室に案内してくれて、恥も外聞もなく、あの摘便処置を受けることになったのです。とはいえ、その処置も大変で、それが終るまではこれまた地獄の苦渋を延々我慢しなければならないのです。

 看護師さんと患者の僕が心と呼吸を合わせての摘便処置のコラボレーションが始まりました。もう、これは現実のフィックション化です。無限の時間が終って、ついに、現世に転生しました。もう便秘の輪廻転生はこりごりです。輪廻のサイクルから脱却して、不退の土で永遠に涅槃を満喫したい。この地上は便秘惑星です。肉体を所有しないあの世で便秘のない永遠の時間を生きたい、本当にそう思いました。

 病いは気からといいますが、人間の想念が肉体に与える影響は強烈です。人間の想念はエネルギーですから、強く念じれば、物質にまで影響を与え、アレが欲しいと想えば想念が四次元空間を通過して三次元に物体現象を起こすといいます。人間の肉体を対象にした場合、想念が肉体に何らかの変化を与えます。その変化のひとつが病気なのではないでしょうか。

 心配ごとがあれば、即、肉体に影響するのは誰もが経験していますよね。病気の原因はストレスだといいますが、すると、今回の僕の便秘には実はストレスが起因していたといっても間違いないでしょうね。ストレスの原因を解明するのは中々難かしいのですが、多様な要因が肉体に影響を与え、バランスを崩してしまったようです。

 その結果、入院することになりました。便秘で入院する人なんているのかどうか知りませんが、身体の様子がわからないので、それを解明する意味でも入院は必然だとお医者さんは判断したのでしょう。便秘になった理由を自分なりに診断すると、やはり運動不足だと思います。じゃあ、運動不足病で入院したのかということになるのですが、「ハイ」と答えざるを得ません。

 絵は一種の誇大妄想の産物です。僕は頭脳派の画家ではなく、肉体派(アスリート)の画家です。便秘も誇大妄想の結果、そうなっちゃった、と思っています。だから徹底的に肉体を究明して貰う必要があって入院したのです。肉体そのものが便秘の実験台です。

 処方された薬を服用しても、全く効果がありません。薬という他力ではダメ、やはり自力で頑張るしかない。その結果100%は解消されなかったけれど、糸口だけは見つかりました。もはや他力という医療の領分ではありません。自力で「やった!」のです。この感激を永遠に記憶に留めて、次になった時のための体験資料にしなければなりません。便秘を脱出するための修行がこれからの老年時代の良し悪しを決めます。

 2泊3日の異次元の旅を、まだ、不安材料の課題を残こしながらも何んとか糸口が見えたところで退院することができました。退院祝いにと、院長先生が「うなぎを食べに行きましょう」と誘ってくださったのですが、先生からは「便秘で入院した人は初めて」とも言われました。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2024年1月25日号掲載

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