空襲警報が鳴っても平然と買い物…戦場から20kmの町で聞いた市民の本音【ウクライナ最前線リポート】

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日常的に爆撃にさらされている町へ

 11月はじめ、ウクライナ軍のザルジニー総司令官が、対ロシア防衛戦争の見通しについて発言し、大きな反響を呼んだ。現状のままでは「膠着状態」に陥って戦争が長期化する可能性が高いというのだ。

 戦争が長引くなか、市民はどのように暮らしているのだろうか。

 東部戦線取材のさい、私たちはドネツク州クラマトルスク市に滞在した。ドネツクは州の面積のおよそ半分がロシアに「併合」され、州都ドネツク市が2014年から親ロシア派とロシア軍の支配下にあるため、州政府はここクラマトルスク市に移管されている。

 前線から約20kmのこの町は、日常的にロシア軍からの爆撃にさらされている。昨年4月8日には、避難する4000人の市民で混雑するクラマトルスク駅が、ロシア軍のクラスター弾で攻撃され、少なくとも58人が死亡する大惨事も起きた。現在、住民の8割近くが町を離れて避難している。

 私たちは、空き部屋ばかりになった集合住宅を借りて泊まっていた。やけに寒いと思いベランダを見ると、窓にベニヤ板が打ち付けてあり、すきまから風がピューピュー入ってくる。近くにロシア軍のミサイルが落ち、爆風でガラス窓がすべて壊れたという。この町に安全な場所はないことをあらためて認識し、恐怖感がこみ上げてきた。

自宅の物を路上に並べたフリーマーケット

 朝、集合住宅の近くの歩道に人だかりがしている。カメラを持って近づくと、フリーマーケットだった。週6日、毎朝、開かれているという。靴、衣類、懐中電灯、玩具、絵本、ぬいぐるみ、各種の道具類……自宅から売れそうなものを持ってきて路上に陳列している。店を出しているのは年金暮らしの高齢者が多いが、なかには戦争で失業した人もいた。

 ロシア侵攻の前まで幼稚園の補助教員をしていたというナジェルナさんは、コートや上着などの衣類や使わなくなった皿などの台所用品を並べていた。

「幼い子どもたちは避難して町からいなくなって、私は仕事を失いました。夫も失業したので、少しでも暮らしの足しになればとここに来ていますが、まったく買い手がつかない日もあります」(ナジェルナさん)

 庶民の苦しい暮らしぶりは、繁華街でもかいま見ることができる。高齢者の女性から手を差し伸べて物乞いをされ、駐車場には私たちの車のウィンドーガラスを洗ってお金をせびる少年がいた。

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