「もの忘れはむしろ健全」「スマホに頼っても大丈夫」 脳寿命を延ばす「忘却システム」とは

ドクター新潮 ライフ

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受動的な忘却、積極的な忘却

 実は「忘却」にはふたつの種類が存在します。ひとつは時の経過とともに自然と記憶が薄れ、消えていく忘却。これを「受動的な忘却」と言います。そしてもうひとつが「積極的な忘却」です。時間がたって自ずと記憶が薄れていくのではなく、文字通り脳が自ら積極的に記憶を破壊するのです。

「記憶とは何か」をごく簡単に説明しましょう。神経細胞(ニューロン)の末端にニューロン同士をつなぐシナプスという組織があります。そのシナプスを通じて電気信号をやり取りするネットワークのあり方、それが「記憶」です。ネットワークが強固につながっていれば記憶は残り、逆にそのつながりが弱まると記憶は消えていくと理解してください。

 そしてニューロンもシナプスも、さらにはシナプス間を行き交う神経伝達物質のカプセルも、それを受け取る装置である受容体も、全てタンパク質で構成されています。つまり、「記憶はタンパク質でできている」のです。

「自ら家を壊す大工」のような働きをする分子

 卵を加熱するとゆで卵になるように、複雑な構造を持つタンパク質はその分、壊れやすく変性しやすい性質を持っています。したがって放っておいても、時間の経過とともに脳内のタンパク質も変性し、ネットワークが壊れて記憶が失われる。これが先に説明した受動的な忘却です。「経年劣化で自然と朽ちていく家」をイメージするといいかもしれません。この記憶(家)の破壊にはエネルギーは必要ありません。経年劣化のせいなのですから当然です。

 他方、脳には「経年劣化を待たずに、自ら家を壊す大工」のような働きをする分子が存在することが、近年の研究で明らかになっています。「Rac1(ラック・ワン)」というタンパク質です。このRac1という大工が海馬に発現すると、脳は自らエネルギーを使って大工を動かし、わざと記憶を破壊することが分かってきました。これが積極的な忘却です。一体なぜ、わざわざ貴重なエネルギーを消費してまで、脳は記憶を壊すのでしょうか。

 Rac1は、新しい情報に接してワクワクし、ドーパミンが豊富に分泌される際に増えます。つまり、情動が高まるような情報に出会い、「この情報はとても大切だから記憶しておかなければならない」という時にRac1は増え、積極的な忘却が行われるのです。

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