要る?要らない? 菅前総理の「江戸城天守」再建論が避けてとおれない意外な難題

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 私はオペラを中心としたクラシック音楽の評論も稼業としているため、東京を訪れた外国人演奏家とよく会う。その際、日本の歴史や伝統文化をわかりやすく伝えられるスポットして、江戸城の訪問を勧めることが多く、現地に案内することもある。じつは、江戸城は日本最大の、それもほかの城を圧倒的に上回る規模の城郭で、諸大名に手伝わせて築いた広壮な石垣や堀がかなり残っており、現存する櫓や門も他を圧する規模を誇る。

 だが、欧州の歴史遺産の多くは建造物が残っているのに対し、日本のそれは事情が異なる。日本の伝統建築は木造であるため、欧州の石造建築にくらべれば耐久性が低く、災害にも弱い。それでも寺社建築は比較的残されているが、城郭をはじめとする世俗建築は、明治維新の際に封建社会の遺物という烙印を押され、多くが破壊されてしまった。その後も震災や空襲の被害を受けてきた。

 こうして現存建造物が少ないなか、外国人にかつての城の威容を想像するように求めても、なかなか難しいようだ。日本人でも、よほどの歴史好きでもないかぎり難しいかもしれない。そんなとき、天守があれば強いインパクトを与えられるのに、と思ったことが何度もある。そこに、菅義偉前総理が「江戸城を活用しないのはもったいない」と、天守の再建構想をぶち上げたものだから、ある意味、渡りに船のように感じた。だが、「ある意味」にすぎない理由は後述する。

 菅前総理が突如、持論を語り出したのは11月12日に出演したフジテレビ系の「日曜報道 THE PRIME」。インバウンド政策に関する話のなかでのことだった。これに対しては賛成意見がある反面、「万博以上に不要」「観光の目玉という発想が古い」「ほかに優先すべきことがある」といった否定的な意見も多い旨が報じられている。メディアも、たとえば11月17日の東京新聞の記事は《為政者からすれば、厳しい現実から国民の目をそらせ、都合の良い提案だ》というコメントで締めくくられている。

 しかし、この天守の歴史的位置づけと、再建によって得られる効果、その実現性について検討することなく、無意味と断じたり、構想のなかにイデオロギーを読もうとしたりするのは、ナンセンスである。

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