「1度かかると3割が亡くなる“死の病”」 筒美京平、根津甚八も命を落とした誤嚥性肺炎の恐怖

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自然治癒は不可能

 この誤嚥性肺炎、病名は昔から知られていたが、最近頻繁に耳にする人も多いはずだ。理由は、日本人の高齢化と無関係ではない。それを説明する前に、食べ物を飲みこむ――「嚥下」という仕組みを、おさらいしておこう。

「ご存じのように喉には空気が通る気管と食べ物が通る食道が通っています。2本の管は咽頭部で分かれており、普通は脳からの指令によって食べ物が喉を通る時、自動的に気管が閉じるようになっている。嚥下は無意識のうちに反射的に行われているのです」(同)

 もし、間違って食べ物が気管に入り込んでも、通常なら、むせたり咳き込んだりすることで排出される。いわゆる「咳反射」だ。

「ところが、老化が進み、反射神経(自律神経)や筋肉が衰えてくると、嚥下の動作がうまくできず、誤嚥しても咳反射できなくなってしまうのです」(同)

 気管に入り込んだ食べ物は、そのまま肺の内側などに溜まる。食べ物にはほぼ100%雑菌が付いており、無菌の肺の中で急激に増殖をはじめる。

「この細菌は無酸素状態で増殖する嫌気性(けんきせい)のため、治療には強力な抗菌薬を使うしかありません。いったん発症すると自然治癒することはなく、重症の場合は人工呼吸器による酸素吸入処置を行うこともある」(同)

本人も家族も気づかない

 困ったことに初期の誤嚥性肺炎は、普通の肺炎に見られる高熱や激しい咳などの症状が見られないケースがままある。

 口腔医学に詳しい歯科医師の米山武義氏(米山歯科クリニック院長)によると、

「とくに高齢者の場合、ちょっと熱っぽいとか身体がだるいなど、軽い風邪のような症状にしか見えないこともある。本人も家族も気づかないまま、病院でレントゲンを撮ったら肺全体が真っ白になっていることも珍しくありません」

 83歳で亡くなった囲碁の藤沢秀行名誉棋聖は、亡くなる数カ月前まで骨折で入退院していたものの、見た目は元気そのものだった。ところが、2009年4月、「誤嚥性肺炎」と診断され、再入院を余儀なくされる。

「それまで肺炎だなんて、まったく分かりませんでした。入院前日には競輪場に出かけたほどでしたから。ところがお医者さんによると、食べている物が気管に入り込んで肺炎を起こしているというのです」(未亡人のモトさん)

 藤沢氏の肺炎は治らず、体重も32キロに落ちてしまう。亡くなったのは、5月8日。再入院から約1カ月後のことである。

 このように早期発見が難しいのが誤嚥性肺炎の特徴だが、さらに恐ろしいのは、原因が「食べ物」の誤嚥以外にもあることだ。

胃からの“逆流”も

 先にも述べたように人の気管は咳反射によって、異物を外に出す防御反応が備わっている。だが、米山氏によると、睡眠中はこの反応が鈍くなる。

「寝る前に歯を磨かずに眠ってしまうと口の中の食べカスや、それに付着している細菌が唾液と一緒に気管を通して少しずつ肺の中に入ってゆくのです」

 また、いったん胃に収まったものでも寝ているうちに逆流して気管に入ってしまうケースもある。

「食事をすると胃の消化にエネルギーを使うため眠くなるものです。食べてから時間をおかずに寝てしまうと『胃食道逆流現象』といって、内容物(主に胃液)がゲボッと逆流することがある。これが気管に入るのです。胃液は強酸性ですから、肺の中に入ると内側がただれて炎症を起こしてしまう。それが繰り返されると誤嚥性肺炎となってしまう」(同)

 寝ている間に唾液や胃液が肺の中に入ってしまう現象を「不顕性(ふけんせい)誤嚥」と呼ぶ。統計があるわけではないが、食事による誤嚥より、不顕性誤嚥によって肺炎を起こすほうが多いと見る医療関係者もいる。

 食事の際に気をつけていたとしてもかかってしまい、いったん病魔に襲われたら「死」は隣り合わせ、それが誤嚥性肺炎なのだ。

デイリー新潮編集部

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