巨人V9から半世紀 当時の主力・柴田勲が語る「年俸の裏側」と「伝説のサヨナラ3ラン」

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「堀内は天才やね」

 巨人は福本の盗塁を刺すことにすべてを懸けていた。森はトレーニングコーチと共にフットワークを鍛え直し、肩を補うために足を使って正確な投球をする練習を重ねた。そして最大の鍵は先発投手・堀内恒夫のけん制とクイックモーションだ。パ・リーグの投手の癖をとことん研究し、わずかな変化も見逃さず好スタートに結びつけていた福本があきれた顔で言う。

「堀内は天才やね。癖がまったくない。(走者を威圧するため)走者に向かって左肩を開いてセットする投手はおる。でもそうしたら、肩を戻さないと投げられない。その分、こっちは走りやすい。ところが堀内は左肩を開いたままでホームに球威のあるボールを投げられた」

 福本は堀内の隙を盗めず、懸命のスタートを切ったが森のストライク送球に刺された。凍りついたのは阪急ベンチだった。山田も振り返る。

「成功しようが失敗しようが、福本さんが走って勢いをつけるのが阪急ブレーブスの野球だった。動けなくなって、自分たちのリズムを失った。それが大きかったと思います」

 戦力的には阪急有利といわれた71年日本シリーズの明暗を分けたのは、この辺りの空気、自然体と束縛とのわずかな綾のように見えてくる。

「このまま終わると思っていた」

 福本が夢見るような顔で言った。

「シーズン中はねえ、2番の大熊さんと二人だけのサインを決めて、エンドランとか盗塁とか、それは楽しかった。『この投手の癖は盗めないから、エンドランを出して』と僕からサインを出すこともあったし、大熊さんのおかげで助けてもらった。野球が楽しかった」

 ところが、シリーズの話になると表情がこわばった。

「シリーズは短期決戦やからね。そんな自由はなかった。すべて首脳陣が出すサインやったからね」

 私は、微妙な違和感を覚えた。奔放な性格で知られる福本が、シリーズの話をする時は別人のような硬さをまとうからだ。それを尋ねると、真顔で福本が言った。

「そうやね、確かに日本シリーズは自分のようで自分でない選手がプレーしていた感じやった」

 相手のデータを活用できたか、むしろデータに縛られて自然体を失っていなかったかも、気になった。

 このシリーズの雌雄を決定づけたのは第3戦、阪急が1対0のリードで迎えた9回裏2死から飛び出した4番王貞治のサヨナラ3ラン本塁打だ。あまりにも劇的。山田を、そして阪急を天国から地獄へと突き落としたと繰り返し表現される、日本プロ野球史上最も劇的な逆転ともいわれる出来事。

 痛恨の一打を浴びた山田が言う。

「8回まで2本しかヒットを打たれていない。このまま終わると思っていた。とくに緊張感もなかった」

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