幼い2人の娘は“死”を理解する前に命を落とした…「熊谷6人殺害事件」から8年、遺族男性がいまも法廷で戦い続ける理由

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「当時よりも今のほうが苦しいです」

 秋の始まりを告げるような、茜色に染まった西の空が目に入ると、加藤裕希さん(50)の脳裏には、あの日のことが思い出される。

「夏の終わりから秋へと変わる、日の暮れが早くなってきた頃の夕焼けが印象に残っています。事件が起きた季節ですから。あの時は葬儀や死亡届など色々な手続きに奔走し、警察には頻繁に呼び出されました。あれから8年が経ち、少しは気持ちが楽になったのではと思われがちですが、当時よりも今のほうが苦しいです」

 2015年9月16日、埼玉県熊谷市にある加藤さんの自宅で、妻の美和子さん(当時41歳)と長女・美咲さん(同10歳)、次女・春花さん(同7歳)が刃物で刺され、亡くなった。犯人はペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン受刑者(38)で、同月14日から16日にかけて民家3軒を次々と襲い、美和子さんら3人を含む市民6人を殺害した。加藤さんの自宅は3軒目だった。【水谷竹秀/ノンフィクション・ライター】

 その日、会社に出勤していた加藤さんは家族で1人だけ、難を逃れた。一瞬にして家族3人を奪われた心の傷は、年月の経過とともに癒えるどころか、むしろ深まっていった。

「何の罪もない妻と子供2人を失ったという理不尽に加えて、警察に遠慮しているようにみえる司法判断に納得がいきません。どうすれば自分の気持ちが楽になるのか……」

 加藤さんは事件発生から3年後の18年9月、埼玉県警の住民に対する注意喚起が不十分だったとして、県に約6400万円の損害賠償を求める国賠訴訟を起こした。この訴えは、昨年4月に一審さいたま地裁で、今年6月下旬には二審東京高裁でそれぞれ棄却され、加藤さんは7月上旬、最高裁に上告した。そして今月5日、最高裁に上告審として受理するよう求める理由書を提出した。

 その理由書の中に、埼玉県警の幹部たちが一審の証人尋問で行った次のような証言が引用されている。

「屋外の通り魔事件であれば1件発生しただけで連続発生を想定すべきだが、屋内で発生した事件であれば2件続けて発生しない限り、連続発生を想定できない」

埼玉県警による「隠蔽工作」の可能性

 つまり、屋外の通り魔事件のほうが屋内事件より連続発生を想定しやすく、よって屋内で発生した熊谷6人殺害事件は連続発生を「予見できなかった」と主張し、責任を回避しているのである。この理論に対し、理由書は真っ向からこう反論した。

「この理論を認める裁判例はなく、また法律文献も皆無。警察庁も明確に否定していた。にもかかわらず控訴審判決はこの証言の信用性を一切吟味することなく、鵜呑みにしてこの理論を丸ごと取り入れた」

 理由書はこのほか、埼玉県警による「隠蔽工作」の可能性についても言及した。

 1件目の殺害事件が起きたのは9月14日。その前日の13日、ジョナタンは熊谷署で任意の事情聴取を受けている最中、喫煙所から逃げ出した。その後、ジョナタンとみられる外国人による2件の民家侵入事件が発生し、同署は捜査員20人態勢で警察犬も動員した大規模な捜索を行った。だが、発見できず、その翌日に最初の民家で50代の夫婦が何者かに刺殺された。この時点でジョナタンは捜査線上に浮上し、参考人として全国手配されていたにもかかわらず、埼玉県警は不審者情報を住民に伝えず、単なる殺害事件発生という程度の情報アナウンスにとどめていた。この結果、住民たちは戸締まりなどの防犯対策を取ることができず、事件の発生につながったと主張している。

 しかも1件目の殺害事件と2件の民家侵入事件だけは、埼玉県警のメールマガジン「犯罪情報官NEWS」に掲載されなかった。同月内に起きた車上狙いや空き巣、痴漢など種々の事件は掲載されているにもかかわらずである。

 実はジョナタンが熊谷署から逃走する前日の9月12日、埼玉県警の現職警官が殺人の疑いで逮捕され、県警本部長による謝罪会見が行われていた。その直後のジョナタン取り逃しだったため、不祥事が相次いだ実態をもみ消すため、「犯罪情報官NEWS」に掲載しなかった可能性があるというのだ。

 こうした指摘を踏まえて理由書は、「控訴審判決の理由には不備がある」として破棄されるべきだと訴えた。

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