水風呂で幻覚に襲われ、熱波で歓喜… 最も輝いているともさかりえが見られる「湯遊ワンダーランド」

  • ブックマーク

Advertisement

 ここ3カ月、風呂に入っていない。もとい、広い風呂に入っていない。四肢を伸ばし、股も毛穴も心も全開で、広い風呂に入りたい。銭湯が近くに2軒もある家に引っ越ししたのに、雑事と仕事に追われてまったく余裕なし。現在、変な汗が出るほど切羽詰まった状況。痩せなくてもととのわなくてもいいから、デカい湯舟に浸かって腹の底から快哉を叫びたい……そんな思いをあおりまくるドラマ「湯遊(ゆーゆう)ワンダーランド」の話を。

 漫画家まんきつさんの原作で、彼女をともさかりえが演じるというセンスのよいキャスティング。ともさかの醸し出す軽妙な陰鬱(いんうつ)さがホントぴったりでね。

 漫画がうんともすんとも描けず、怪奇現象や陰謀論すら真顔で受け止めてしまいそうな状況に陥っている主人公のきつこ。弟(須賀健太)は「あんたの目は闇だ。死んだ人間の目だ」と姉を冷静に観察。そしてサウナを勧めたことから、きつこの銭湯&サウナ巡りが始まる。漫画のネタ探しというよりは、生き物として動くのに必要なエネルギーを得るために。シュールな妄想、突飛なひらめきと思い込み、ネガティブな思考パターンが、猛暑にぴったり(というか今の自分にしっくりきている)。雄大な自然に爽やかで朗らかな善意の人々……って気分じゃないんだよな、この夏は。

 そして、絵的に難しいとされる女湯の描写の絶妙なさじ加減。解放感はキープしながらも、ちゃんと隠すべきところは隠す(しかもまんきつさんの自画像で)。観たいのは女の裸じゃない、女たちの魂の解放だ、という点を実にうまい編集と低予算で映像化。サウナで膝を抱えるともさか、水風呂であらぬ幻覚に襲われるともさか、熱波を浴びて歓喜するともさか、外気浴でととのうともさか。ここ数年で最も輝いているともさかりえ、といってもいい。少なくとも私にとってはまぶしく映る。ゴスロリゾンビというか、「ほぼ死体か、誰かをあやめそうな顔をした」ともさかがさまようオープニング映像もちょっと楽しい。

 銭湯やサウナに必ずいるヌシに大島蓉子、という盤石の説得力。今後は高田聖子も登場するというのだから、人選に美学を感じたわ。きつこが心の中ではBBA(ババア)と呼びながらも、敬意というか畏怖の念を抱いているところもいい。冷静沈着な弟とのシュールなやりとりも面白い。当初、姉弟の話で描く予定だったとどこかのインタビュー記事で読んで「ああ、そっちも見てみたいな」と思ったほど。

 そして、担当作家をコントロールしているようでできていない、寄り添うようでいてどこか突き放している担当編集の高石(川島潤哉)も憎めない存在。低体温だが仕事できそうなアシスタント(樋口日奈)、きつこを温かく見守る義妹(岩井七世)のまっとうさが、逆にきつこのダメっぷりを強調。引き算が成功している。

 このBSテレ東の「真夜中ドラマ」枠はそもそも誰も観ていないからか、意外と自由な無法地帯だ。メシやグルメに逃げずに、このニッチ路線を貫いてほしい。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年8月17・24日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。