「本当のお葬式があるから来てね」新興宗教に入らされそうに… 悲しんでいるように見えなかった遺族たち(中川淳一郎)

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 以前、新宗教に入らされそうになったことを思い出しました。非常に大切な人・Aが若くして亡くなり、葬儀は彼女の親戚ゆかりの寺院で営まれました。そこの墓に入るのかと思ったら、Aの母親から「本当のお葬式があるので来てね」と言われました。

 とある日曜日、喪服を着て最寄り駅から指定の施設に向かう道中、大勢の中高年男女が同じ方向に歩いています。次々と施設へ入り、慣れた様子でドアの向こうへ消えていく。私は入り口で母親とその姉と、Aの妹と合流。われわれ四人は、別の小部屋へ行きました。そこには遺影と骨壺が置かれ、花も飾られている。僧侶が入ってきてお経を唱えた後、こう続けます。

「A姉は現在天国に到着しております。『お母さん、友達のみんな、私はこちらで幸せに生きているので安心してね』と言っております。あぁ、今、A姉の笑顔も見えました」

 万事こんな調子でイタコのようにAの代弁を続ける。母親とその姉は感極まった様子で泣いていて、Aの妹はじっと黙っている。約20分でこの「本当のお葬式」が終わったら大会議室のような場所へ。当時私は33歳だったのですが、信者に一斉に囲まれ「まぁ、こんな若い方が来てくれたの? Aちゃんとお話しできてよかったですね」なんて言いながらお茶とお菓子を出してくれる。

 これはヤバい! 勧誘されてる! 頼みの綱であるAの母も「中川さん、今日の式、良かったでしょ? Aも元気だって。これから共同墓地へ時々お墓参りに行ってね」と完全に信者モード全開。しかも悲しんでいるように見えない。私の方がよっぽど悲しんでいる。

 ――といった経験をしたのですが、「ここに入信すればいつでもAと喋れるんだ!」なんて私が思って本当に入信してしまったら、その後勧誘する側に回っていたのでは……。そう考えるとゾッとするわけです。

 もう一つ宗教絡みの話を。大学のキャンパス内には4人部屋の寮がありました。そこに住むBが連日、早朝にボストンバッグを持って部屋を出る。学校にも部活にも行かないことを不審に思った同部屋の三人、ある日出かけようとしたBを押さえつけ「お前、中身を見せろ!」とバッグを奪ったら、出てきたのはなんと大量の「ヴァジラヤーナ・サッチャ」。そう、オウム真理教の会報誌です。

 地下鉄サリン事件の後、「オウムは無関係だ!」と主張するために信者が都会の駅で通勤・通学客に配っていたのですが、下級信者の彼はその役を担っていたのです。他の部屋からも応援を呼び、「大学行くぞ大学行くぞ、勉強するぞ勉強するぞ、部活するぞ部活するぞ、麻雀するぞ麻雀するぞ」とまさにオウムの「修行するぞ修行するぞ徹底的に修行するぞ」のごとく彼に向かってマントラを唱えたのです。そこから数日間監視を続け、ようやく彼は脱会したのでした。

 こうした経験から常に疑り深い性格になり、「本当においしい話だったら他人に持ち掛けるワケがない」「声を掛ける側は自分に利益がある場合のみ」という生きるために最低限必要な“信仰”を得られ、とりあえずだまされずに過ごしてこられました。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2023年7月20日号掲載

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