穀物市場で日本が「買い負け」する日は来るか――新妻一彦(昭和産業株式会社代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】

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価格高騰の中で

佐藤 食品はこの1、2年の間に値上げが相次ぎ、その数は今年だけでも2万品目に及んでいますね。

新妻 価格高騰には三つの要因があると思います。一つは地球温暖化ですね。これによる異常気象があります。2021年は北米の天候不順でアメリカの小麦やカナダの菜種が不作でした。昨年はこれが大きな影響を及ぼした。そしてそこに二つ目の脱炭素社会への流れが加わった。

佐藤 脱炭素のどういう面ですか。

新妻 バイオ燃料です。燃料においても、穀物の需要が出てきた。それは穀物需要に構造的な変化が起きたということです。

佐藤 穀物の用途が食べるだけではなくなった。燃料にするには相当な量が必要になりますね。

新妻 その通りです。そして三つ目がロシアのウクライナ侵攻です。

佐藤 ロシアもウクライナも小麦の生産国ですし、ウクライナはひまわり油の一大産地です。

新妻 日本は、外国産の食糧用小麦については政府が一元管理をしていて、その産地はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で、ウクライナからは輸入していません。ですから量の確保という点では問題ない。ただ需給のバランスが崩れましたから、どうしても価格は上がります。

佐藤 油も同じ構図ですね。

新妻 はい。ウクライナ産のひまわり油はヨーロッパで消費されていますが、やはり油の需給バランスが崩れ、世界的に高騰しています。

佐藤 こうした中で新妻会長は、やがて日本は「買い負け」するかもしれないという懸念を強くお持ちですね。

新妻 数量的には、いまのところ日本は安定的に食糧を買うことができています。ただ問題はこの先ですね。これまで日本は、かなり豊かで質の高い食生活を享受してきました。食品に対しても、その元になる原料に対しても、おいしさはもちろん、安全、安心が担保されたものが求められ、品質への要求が非常に高い。

佐藤 食品会社が多大な努力をして、それを実現させてきました。

新妻 各社とも原料や輸送費、エネルギーコストの上昇を受けて、ずいぶん値上げしましたが、それでも世界的に見れば、日本の食品はまだ安いのです。つまり高い品質のものが安く供給されている。

佐藤 みんな、それが当たり前だと思っています。

新妻 一方、世界を見れば、人口増加によって品質より量を確保しなければならない国がたくさんあります。例えば、中国です。14億に及ぶ国民を養っていかなければならないとなると、巨大なバイイングパワーが発揮される。その時、輸出国にとって、日本のように品質に厳しいわりにはあまりプレミアムを払わない国と、価格よりは量が優先という国のどちらがプライオリティー(優先順位)が高いかといえば、やはり後者になるでしょう。

佐藤 人口では中国を抜いたと報じられたインドもあります。

新妻 さらにインドネシアもアフリカの国々も人口は増加しています。原料輸出国の目がそちらに向いてしまったとき、買い負けは現実のものとなりかねない。

佐藤 インドはかなり前から自国の小麦の輸出規制をしていますね。

新妻 その通りです。穀物をはじめとした食糧は、どの国もまず自国民を養うことが前提です。そこで余ったものを輸出する。だから輸出国に何らかの問題が生じれば、ストップする可能性が常にあります。日本の自給率はカロリーベースで38%です。ほとんどの穀物の自給率は減っていますから、私どもは危機感を強く持っています。

佐藤 しかも、自由主義的な競争をしていればいいというわけではなくなっていますね。食糧を戦略物資と捉えて国家が介入してくるのが厄介です。その傾向は、コロナ禍、ウクライナでの戦争を通じて、一層強まってきた感じがします。

新妻 私もそう思います。

佐藤 私の高校時代の同級生に、2020年まで農水事務次官を務めた末松広行氏がいます。彼は2008年に初代の「食料安全保障課長」になりました。そのとき、食糧安全保障で本を書きたいというので、いろいろ話をしたことがあるのですが、彼は当時から「食糧が買えない時代が来る」と言っていました。

新妻 私どもメーカーとしては、原価低減や歩留まり率(原料に対する完成品の割合)の向上など、不断の経営努力をしていますが、それでも現在の価格では見合わないものが出てきます。

佐藤 そこはもう正々堂々と価格転嫁するのが企業経営者の責務でしょう。無理して会社が立ち行かなくなる方が問題です。原料が高騰して値上げせざるを得ないというのは、わかりやすい話ですから、理解も得られやすい。

新妻 弊社もいまの穀物の置かれている状況――調達、生産、販売の各部門でどのくらいコストが上がっているか、それをお客さまに丁寧に説明するよう努めながら、油は7回も値上げしています。その結果、まだ100%ではありませんが、大部分は価格転嫁できました。そうしなければ、原料も買えませんし、会社もうまく回らないのです。

佐藤 価格転嫁で楽になりましたか。

新妻 圧倒的に売り上げは増えました。ただエネルギーコストの上昇や為替の影響もあり、残念ながら利益は減少しています。つまり大幅増収、減益です。

佐藤 私の皮膚感覚だと、価格転嫁がうまくできているのは、高級ホテルのレストランやカフェですね。政治家がよく使う赤坂のキャピトルホテル東急だと、ミックスサンドが2530円、牛丼が5945円、ビーフカレーが3795円します。これでもニューヨークと比べると安い。モスクワ並みという感じです。

新妻 30年間デフレが続きましたから、日本の消費者の頭の中にあらゆる商品の価格帯が刷り込まれてしまっています。例えば即席麺5袋が特売なら298円、卵は1パック198円以下で特売なら110円というように、この食品はこの値段という感覚が浸透している。そこが問題です。

佐藤 旧ソビエトでは、製品に値段が刷り込まれていました。それと同じことが日本人の頭の中で起きている。

新妻 このマインドをリセットしていかなければなりません。

佐藤 物価が上がっても、賃金が上がれば何の問題もありません。ですから賃金も上昇させる好循環を作っていくことが必要です。

新妻 SDGsやESGの観点から、環境を守ることの重要度も増していますが、そこにもコストが掛かります。そのすべてをメーカーが負担することはできませんし、国にも限界がある。やはり一定レベルは消費者に負担していただくしかない。そうしないと持続可能な社会は作れないと思います。

佐藤 価格転嫁しない場合、どこで無理をするかというと、社員の人件費で調整するということになりますからね。

新妻 それは避けねばなりません。

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