セブン-イレブンで「バカなルールだ」「最悪!」と暴言連発の客の動画が話題に カスタマー・ハラスメントの現場とは

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 店舗名は不明で、すでにキレているところから動画は始まっているため、なぜそこまで激高しているのか正確にはわからないが、本人の発言などからはレジでの年齢確認に強い不快感を抱いたのが原因のようだ。

 足でカウンターを蹴ったり、手でアクリル板をたたいたりしながら発している言葉を拾ってみると――、

「64(歳?)。私大嫌い、日本」

「バカなルールだ」

「なんでみんなスタッフ、アタマ使わない! 人間でしょ」

「最悪! アタマ使わない人は最悪!」

「じゃあ死ね、国(に)言われたら死ぬか。ロボットか」

「私40年日本にいる。こんなバカな人間いないよ」

「最低! 最低」

 こんな暴言を大声で連発されたのだから、さぞ店員たちも怖かったことだろう。

 たしかに、どう見ても老人としか思えない人であっても、レジで年齢確認を求められることについては、ムダだと感じる人も少なくない。

 ただ、実際に客の側が求められる労力はせいぜいパネルにタッチするだけなので、普通の人は店の求めに応じている。レジで店員を威嚇するほうがよほど「バカ」「最悪」というのが常識的な考えなので、この男性に同情的な声はほとんど見られない。

 こうした振る舞いは「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」の典型だといえる。カスハラとは、コンビニなど小売店の客(カスタマー)が、店側に行うハラスメントのことであるのはよく知られている。ただ、実際に「カスハラ」とされる領域はより広いことも知っておいたほうがいいだろう。

「お店とお客さん」の間だけではなく、企業の通常の取引の現場や、時には学校などでも「カスハラ」は生じているのだ。「私は客商売じゃないから関係ない」などと思ったら大間違いで、実は誰でもカスハラの被害者になる可能性がある。

 千件以上のハラスメント相談を受けてきた弁護士の井口博氏の著書『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』から、カスハラの定義や現状についての解説部分を見てみよう。

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現場は「お店」だけではない

 カスタマー・ハラスメント(カスハラ)とは、顧客や取引先からのハラスメントのことである。クレーマー・ハラスメントと言うこともある。これには、カスタマー・パワハラとカスタマー・セクハラがある。

 カスタマー・ハラスメントと言われるのは、顧客や取引先という優位性(パワー)を背景にした言動によって受け手に大きな精神的苦痛を与えるからである。

 顧客については、飲食店や販売店などでは日常的に被害がある。駅員が乗客から怒鳴られているのを見た人も多いだろう。公務員が住民や政治家から無理な要求をされることも少なくない。

 また取引先については、相手が取引先であるがゆえに、会社は「取引先を怒らせてはいけない」との一言で対応しないことが多い。それどころか「怒らせたお前が悪い」となることもある。そのため被害者は行き場をなくし、時にはメンタル不調で苦しむ。

 取引先との懇親会などで取引先の社員から女性社員がセクハラを受けるケースも少なくない。女性社員は上司から「それくらい我慢しろ」と言われてさらに傷付く。

 中小企業の経営者も被害者になることがある。取引先の会社の担当者から怒鳴られたり、下請けとして過剰な取引条件を受けるように強要されたりして大きな精神的苦痛を受けるのがパワハラになることがある。最近の例で言えば、新型コロナによる強引な取引の打ち切りに伴う言動がパワハラに当たる例も少なくないだろう。

 このような顧客や取引先からの被害は経営者、管理職も含めあらゆる社員に及ぶ。中でも管理職は責任者として事態を収拾せよと言われて、部下を守らなくてはならず、しかし顧客や取引先を怒らせてはならずと大きなストレスを抱え込むことが多い。

自殺者も出ている

 カスハラの被害は深刻である。2019年度の精神障害による労災申請で、「顧客や取引先から無理な注文を受けた」「顧客や取引先からクレームを受けた」という理由で労災支給決定を受けた件数は9件であったが、そのうち4件は自殺例(未遂を含む)であった。

 最近は、直接の言動ではなく、ネットでの誹謗中傷などの被害も起きている。顧客が、応対した従業員をネットで誹謗中傷するのである。誤った情報でも、ネットではあっという間に情報が拡散し、書き込んだ側の主張が正しいと思い込まれてしまう。こうなれば事態は非常に深刻である。

 介護の現場での利用者によるハラスメントも深刻な問題になっている。2019年3月の調査報告書(三菱総研「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」)によれば、これまでに、介護サービスのうち、利用者からハラスメントを受けたという割合が最も多いのは介護老人福祉施設で、70.7%にも及んでいる。

 このように被害が深刻化しているにもかかわらず、パワハラ防止法はカスタマー・パワハラを事業主に対する措置の義務付けの対象にせず、指針において、単に雇用管理上の配慮が望ましいとしかしなかった。その理由は、顧客のクレームは、どこからが迷惑行為に当たるかの判断が難しいからという(2019年4月19日衆議院厚生労働委員会・根本匠厚労大臣答弁)。しかしクレームとして明らかに不当だとの判断ができないわけではないから根拠としては十分ではない。

 法律が事業主に対して措置を義務付けなかったとしても、会社には「安全配慮義務」といって社員の安全を守るべき義務がある。会社はカスタマー・パワハラの加害者に対しては毅然と対応し、社員の安全を守らなくてはならない。

 カスタマー・セクハラについて男女雇用機会均等法は、事業主に自社の社員が顧客や取引先からセクハラ被害を受けたときの雇用管理上必要な措置を義務付けている。つまり、他社の社員から受けた自社の社員のセクハラ被害には、他社に対して調査を求めるなど必要な措置をとらなければならない。

 また2019年5月の男女雇用機会均等法の改正で、事業主は自社の社員が他社の社員にセクハラをしたときには、他社が行う雇用管理上必要な措置に協力すべき努力義務も規定された。つまり、自社の社員が他社の社員に対してセクハラをしたときには、他社の調査などに協力しなければならないのである。

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 ともすれば、その場をまるく治めようとして、カスタマーからの不当なクレームに従ってしまうケースもあるだろう。しかし、それはそれでまた別のハラスメントを生じさせることもある点は要注意である。

 同書で紹介されているある実例は、次のようなものだ。

 ある学校の校長が、児童の親からの理不尽な要求に屈して、担当教諭に対して「床に膝をついて頭を下げて謝罪させた」。この教諭は、この校長からの「パワハラ」が原因でうつ病を発症したと訴えて「公務災害認定請求」をして認められた。つまりこの場合、校長が保護者からの「カスハラ」に加担したという形になる。

 井口氏は「管理職としてはカスタマーの要求が理不尽なときはしっかりはねつけて部下を守らなければならない」と述べている。

『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』より一部抜粋・再構成。

デイリー新潮編集部

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