香港大手紙の名物「風刺漫画」が無念の連載終了 政府が“6回も批判”したその中身とは

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香港市民に「大きな驚き」がなかった理由

 2019年からの民主化デモや香港国家安全維持法(国安法)の施行など、特にここ数年はきな臭いニュースばかりが聞こえてきた香港。現在はコロナ規制をほぼ撤廃し、海外観光客の誘致に本腰を入れ始めた。

 市民の生活もほぼ平常通りだが、逮捕された民主派の裁判経過や判決といった、彼らの心をざわつかせるニュースも淡々と続いている。そして、つい先日話題となったのは、大手紙「明報」で掲載されていた風刺漫画の連載終了だ。

 5月11日に連載終了が発表されたのは、1コマ漫画「尊子漫畫」と3コマ漫画「世紀版乜議員漫畫(乜議員)」。どちらも尊子(ジュンジ)の作品である。尊子は大学卒業後、しばらくしてから「明報」の記者となり、先に風刺漫画を担当していた作家の死去を受けて1983年から漫画を発表するようになった。

 香港では2012年の「反国教運動(「愛国教育」反対)」あたりから風刺漫画が盛り上がったが、近年は国安法の施行などにより作家が激減。現在も「明報」で連載中の別の作家は、2021年に英国移住している。尊子は香港に留まり、2021年に廃刊した民主派メディアの筆頭「蘋果日報(アップル・デイリー)」などでも作品を発表した。いわば、香港風刺漫画界の大御所である。

 正式発表の数日前から連載終了の見通しを報じたロイターなど、日本を含む海外メディアがこの件に注目したのも無理はない。香港の「言論統制」を象徴する出来事として、「蘋果日報」の廃刊などに次ぐインパクトがある。

 ただし実のところ、香港市民や識者たちに「大きな驚き」はさほどなかった。「遅かれ早かれ終わると思っていた」という声が多い理由は、昨年10月から半年間にわたり、尊子の漫画が政府側からの“批判”を6回も受けていたからである。

 連載終了の是非はさておき、権力側からの批判が物事の終了に結び付く流れ自体は、我々外国人にも理解がたやすい。しかし、香港市民の心をざわつかせている要因は、この流れ以外にもあるようだ。その理由は、政府側による批判の“中身”に隠されている。

「厳しい統治に耐えられる人材を優先的に採用」

 批判の先陣を切ったのは、香港警務処(香港警察)だった。対象は2022年10月11日掲載の「尊子漫畫」。学校の校門前で、黒い制服を着た警官2人が“陳校長”と会話をしている1コマ漫画だ。警官の黒い制服は、香港デモの制圧時に飽きるほど見かけたものである。

警官「生徒たちは今日なにか悪いことをしましたか?」
陳校長「6Aクラスに汚い言葉を話す生徒がいて、5Cクラスには消しゴムをなくした生徒がいます。3Dクラスではレーザーペンが見つかり、2Aクラスには教師を脅迫した生徒がいるそうです」

 香港警察はこの作品が「警察に対する誤った認識で読者を誤解させ、警察の評判を傷つける」とした。ただし、この作品が主に風刺しているのは、ある学校が「国旗の軽視で10人以上の学生を罰した」「国安法違反などの対処では警察を呼ぶ可能性があると生徒を脅した(学校側は否定)」という一件であり、香港警察だけではない。

 次の批判は10月21日掲載の「尊子漫畫」に向けたものだった。描かれているのは、香港の町中でゴミを運ぶ労働者と、その脇に掲示された「求募」の告知だ。

「求募:ワールドクラスの人材、高い給与水準。厳しい統治に耐えられる人材を優先的に採用」

 風刺の対象は、昨年末から始まった「高度人材」の受入れ制度。漫画の公開時はスタートしていなかったが、労工及福利局(日本の厚生労働省に相当)のトップ・孫玉菡(クリス・サン)氏は即座に作品を批判した。いわくこの作品は「不条理で虚偽」であり、「漫画内の表現は香港のイメージを損なう」という。

 これ以降も、香港行政長官の李家超(ジョン・リー)氏や政務司(日本の法務省に相当)のトップ・陳國基(エリック・チャン)氏ら複数がそれぞれ別の作品を批判した。もう1つ例を挙げておこう。元香港警察トップで現在の保安局トップ・鄧炳強(クリス・タン)氏を怒らせた、今年4月1日掲載の「乜議員」だ。

 このシリーズでは、主人公の男性「乜議員」がさまざまな場所で独自見解を披露する。批判を受けた回では、紀律部隊の装備リニューアル費用は200億香港ドルでも不十分と語った。その理由は、装備が良くなると逮捕者と囚人が増え、果ては刑務所や看守、裁判官を増やすためにもカネがかかるからだ。その話を聞いた女性は「正しいわ。300億香港ドルでも足りない」と返す。

 紀律部隊とは香港内の治安維持や法執行などを担当する機関の総称で、保安局の下に連なる警察や消防、入管などが含まれる。ただし、この漫画ではイコール香港警察である。香港警察はこの時、新たな通信システムの構築などを理由に、約58億香港ドルの予算を申請していた。

 このシステムには5Gを使った音声や映像、画像などのリアルタイム送信の実現が含まれている。主に緊急時の救助を容易にするのが目的とされているが、残念ながらそれを信用する市民は多くない。乜議員とおなじく、装備リニューアルで増えるのは救助者ではなく逮捕者だと考えている向きがある。

 そこでクリス・タン氏は、装備のリニューアルについて「緊急時の救助を容易にするのが目的である」と改めて強調し、「政府は批判を喜んで受け入れるが、その批判とは政府への不満をあおるような事実誤認の申し立てによるものではない」との見解を示した。

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