【名人戦】藤井六冠が逆転負け 渡辺名人にとって第3局がどれほど重要だったか

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 将棋の「史上最年少名人」と「最年少七冠」の同時達成を目指す藤井聡太六冠(20)が渡辺明名人(39)に挑戦する名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社、朝日新聞社)の第3局が、5月13、14の両日、大阪府高槻市で行なわれ、2連敗中の渡辺が一矢を報い、対戦成績を1勝2敗とした。藤井との力戦を制した渡辺にとって、名人位死守へのターニングポイントとなるか。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

名人戦に3連敗からの逆転なし

 渡辺はトップ棋士の中で最も藤井に苦しめられた棋士と言えるだろう。藤井に棋聖、王将、棋王の三冠を奪われ、対戦成績も3勝18敗だった(この対局で4勝目)。

 プロ野球の日本シリーズでは3連敗後に4連勝した逆転ドラマもあったが、名人戦では一度もない。初戦から3連敗した棋士は、名人・挑戦者を問わず全て敗退している。ただし、2008年の竜王戦で竜王の渡辺が挑戦者の羽生善治九段(52)に3連敗から4連勝の大逆転でタイトルを死守した有名なシリーズがある。さらに、王位戦では深浦康市九段(51)が木村一基九段(49)に3連敗した後に4連勝して防衛した例がある。

 もし今回の名人戦で渡辺が3連敗を喫すれば、タイトルが奪われるという危機感もさることながら、名人でありながら1勝もできずに終わるのではないかという不安も出よう。ちなみに、名人が4連敗でタイトルを失ったのは、中原誠・十六世名人(75)と丸山忠久九段(52)、森内俊之九段(52)=十八世名人資格、佐藤天彦九段(35)の4人しかいない。

 過去85年にわたる名人戦七番勝負で、4タテを食らわせて4―0でタイトルを防衛、あるいは奪取した棋士は、木村義雄・十四世名人(1905~1986)、大山康晴・十五世名人(1923~1992)、中原・十六世名人、米長・永世棋聖、谷川浩司・十七世名人(61)、羽生九段=永世七冠資格、森内九段、豊島将之九段(33)の8人しかいない(大山は3回、木村は2回記録している)。豊島九段以外はすべて「永世名人」の称号を持つ(羽生は資格者)大棋士ばかりである。

 対局後、渡辺は「ここまで結果が出てなかったので、とりあえずはよかったかな」と話し、安堵の様子がありありと見られた。そして「間を置かずに(第4局が)あるので勢いをつけて頑張りたい」などと話した。敗れた藤井は「中終盤の読みが足りなかった。しっかりと修正して臨みたい」などと話した。

藤井の二つの疑問手から逆転へ

 事前研究を主体にした駒組ではなく「力戦型」の棋譜となった。双方、居飛車の「相掛かり」。角交換かと思われたが、藤井が10手目に角道を止める意外な展開で、上部からの攻撃に強い「雁木」の陣形に駒を組んでゆく。これに対して渡辺は「矢倉」だった。

 最近はAI(人工知能)の影響で居玉のまま戦いが始まる対局も見受けられるが、今回はオーソドックスな展開となった。初日はスローペースで進み、午後には両者が長考をみせた。封じ手の時間が近づき藤井が封じるかに見えたが、午後6時過ぎに一手指し、渡辺が封じることになった。

 勝負の懸かった大事な局面にもかかわらず、渡辺が短時間で結論を出さなくてはならないのかと思われたが、ABEMAで解説していた飯塚祐紀七段(54)によると、封じ手は自分の持ち時間を使って延長することもできる。渡辺は6時半に封じ手を書いて立会人の久保利明九段(47)に渡した。

 翌朝、久保九段が開いた封じ手は、渡辺らしく攻め合いを選んだ「2四歩」。駒がぶつかり合う中、藤井が一時はリードを奪っていた。ところが、64手目に「7七角成」と角を捨て、さらに「2七歩」とした頃から藤井が劣勢に陥ってゆく。AI評価値も70%ほど藤井優勢にしていた数字が逆になり、そのまま回復することはなかった。

 終盤、現地の大盤解説場では加藤桃子女流三段(28)が「ちょっと藤井さんの肩が落ちちゃっていますね」と話した。彼女とともに大盤解説をしていた地元・高槻市出身の古森悠太五段(27)は、「『6九』に玉が逃げると奇跡的に詰まないですね」などと、渡辺玉が詰まないことを何度も確認しつつ、「次の手を考えているというより、どこが悪かったのかと考えていることも多いですね」と藤井の心境を推し量っていた。

 午後8時20分、渡辺が飛車で王手をかけると、藤井は両膝に手をやり「負けました」と頭を下げた。藤井は「攻め合いを選んだが、攻めが細い形だった。どういう攻め方がいいか、考えてもわからなかった。わからないままに指した」などと吐露した。

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