「なんでもスマホで調べられるのに、勉強する必要あるの?」と子どもに聞かれた時の模範解答は

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 ネットの検索機能が充実し、またChatGPTのような新しい技術が登場するたびに議論になるのが、子供の学習、特に受験勉強に絡めた問題である。

「何でも調べればすぐに分かる時代に、暗記中心の勉強にどれだけ意味があるのか、それよりも大切なのは発想力やコミュニケーション能力、あるいは論理的思考の力をつけることではないか」

 こういう主張をする人は珍しくない。

 そして、子供がこの種の理屈を言ってきたら言葉に詰まる親もいるかもしれない。

「グーグルで調べれば全部分かるのに、なんで覚えなきゃいけないの? ChatGPTに聞けば教えてもらえることを頭に入れる必要があるの?」

 こうした素朴な疑問にどう答えるべきだろうか。

 ネットが発展し、AIが進化していく時代にあっては、「学ぶ」ということにおいても革命的な変化が求められるのか。

 ベストセラー『スマホ脳』の著者、アンデシュ・ハンセン氏が、親と子のために執筆した『脱スマホ脳かんたんマニュアル』(マッツ・ヴェンブラード氏との共著・久山葉子 訳)には、このテーマについて、子供にも分かるようなやさしい言葉で解説を試みた章がある。

 ハンセン先生が指摘しているポイントは以下の三つだ。

 ・ヒトの脳はもともと怠けたがるクセがある

 ・デジタルに依存すると記憶力が低下する

 ・いつの時代も知識は必要

 わが子が「なんでスマホに聞けばわかることを覚えなきゃいけないんだよ」と生意気な口をきいてきたときのためにも、ハンセン先生の説明を聞いておいて損はないだろう(以下、同書より抜粋・引用)

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私たちの怠け脳

 脳は近道が好きです。いや、好きなだけではありません。近道を選ぶようにできているのです。記憶を作るにはたくさんのエネルギーが必要なので、楽できる場合はしなければなりません。

 これも、私たちの脳が進化した頃の暮らしと関係があります。狩猟採集民として生きていた頃の話です。今では食べ物、つまりエネルギーになるカロリーを探すのに苦労することはありませんが、サバンナでは次にいつちゃんとした食事を食べられるのか分かりませんでした。

 しかし身体や脳は、昔も今も同じだけエネルギーを必要としています。だから私たちはエネルギーを節約し、なるべく使わないように進化したのです。ただ考えているだけの時でも脳は何かを学び、記憶を作っているのですから。

 そう考えると、私たちの脳は怠けているわけではないのかもしれません。要領良く、なるべく省エネしようとしているだけなのです。

記憶を保存する場合と削除する場合

 ある実験で、参加者に色々な事実に関する文章を聞いてもらい、内容をパソコンで書き留めてもらいました。あるグループには「あなたが書いたものはパソコンに保存される」と伝え、別のグループには「書いたものはすべて削除される」と言っておきました。

 書き終わったあと、両方のグループに「覚えていることを全部言ってみてください」と頼みました。どちらのグループのほうが内容を良く覚えていたと思いますか? そう、文章が消されると思っていた人たちです。しかし、なぜでしょうか。

 内容がパソコンに保存されると思っていたグループの人たちの脳は、それならわざわざ覚えることにエネルギーを使う必要はないと思ったのでしょう。

スーパーでジャムを探すようなもの

 スーパーではてんでばらばらに商品が並んでいるわけではありません。ジャムとマーマレードのように同じ種類の商品や、同じ時に使う商品が一カ所に集められています。

 あなたの脳でも、よく行くスーパーの商品の配置がかんたんな地図になっていますが、「お気に入りのラズベリージャムはこの棚のここにある」と正確に覚えておく必要はありません。だいたいこのあたりだということだけ覚えておけば充分です。脳はなるべくかんたんな方法を選びたいので、買い物をするのにちょうど必要なだけの情報を保存しています。それ以上に覚えることはしないのです。

写真か記憶か

 出かけた先で、わざと写真を撮らない人がいます。あとで写真を見るよりも、その瞬間を楽しんで、その場を満喫したいからです。

 そういう人たちは、スマホやカメラに保存しないほうが、旅行やパーティーの思い出が長期記憶に保存されやすいことを分かっているのでしょう。そして確かにその通りなのです。

 ある実験で、参加者に美術館に行ってもらい、「この作品は写真を撮ってください」「あの作品はただ観るだけにしてください」と指示しました。そして次の日、絵や彫刻の写真を何枚も見せました。その中には昨日、美術館で見た作品もあれば、そこにはなかった作品もあります。参加者たちは、「この中から昨日見た作品を選んでください」と指示されました。

 結果はあなたも思った通りです。参加者たちは、写真を撮らなかった作品のほうをよく覚えていました。撮った作品はカメラに保存したのだから、自分の脳からは削除していいと考えたのでしょう。

デジタル健忘症

 これは「デジタル健忘症」または「グーグル効果」とも呼ばれる現象で、どこか別の場所に保存されていることが分かっていると、脳は自分で覚えておくのをさぼります。「どこに情報があるのかを覚えておくほうが大事だ」と考えるからです。

 スーパーでお気に入りのラズベリージャムを買うだけならそれで良いですが、知識を身につけたければ、そういうわけにはいきません。答えをグーグルで検索するだけでは生きていけないのです。「事実を知ること」と「知識を身につけること」は別物です。

 しかしあなたの脳は、大昔の単純な世界で進化してきて、今のような社会の変化にはついていけていません。エネルギー節約のために、また見つけられることが分かっている情報はあえて消してしまいます。何度かクリックすればまた見つかるのですから、別にいいでしょう? 脳は近道が大好き――だからグーグルで検索するのも大好きなのです。

事実と知識のちがい

 グーグルなどの検索エンジンは、ほとんど何でも調べられる素晴らしいツールです。そこで見つかる情報がどれも真実だとは限りませんが、情報の出どころを確認したり、他の情報と照らし合わせたりすれば、たいていは信用できる内容にたどりつきます。

 あらゆる情報を記憶に保存しておかなければいけないわけでもありません。電話番号や店の開店時間といった情報は、スマホやグーグルに任せておけばよいでしょう。しかし複雑なことを理解するためには予備知識が必要です。つまり、それまでにちゃんと学んで、記憶に保存しておかなければいけません。でなければインターネットという迷路で迷子になってしまいます。

予備知識がなぜ必要か

 たとえば「スリランカ」という単語をグーグルで検索するとしましょう。すると、すぐに「南アジアにある共和国で、元イギリス植民地」という答えが出てきます。しかしそこであなたは「共和国」が何で、「南アジア」がどこにあるかを知っていなければなりません。「イギリス」という国のことや、「植民地」が何なのかも分かっている必要があります。

 分からない単語をさらにグーグル検索で調べていくこともできますが、元々知っていたほうが速くすむのは当然です。つまりあなたに予備知識があるかどうかにかかっているのです。

 読む前にもう知っていることが多いほうが、新しい情報をかんたんに理解できるし、さらに新しいことを学びやすくなります。

批判したり評価したりするためには

 知識というのは、「長期記憶に保存されたもの(これまでに学習したことすべて)」が「あなたの経験」と組み合わさったものです。細かい数字や事実をずらずらと並べられることが知識ではありません。かしこいとか知恵があるというのは、あなたの知識を使って、世の中の大切な問題を「ああでもないこうでもない」と考えられることなのです。

 世界を理解するためにも知識が必要です。批判的な問いかけをして、答えを評価できなければいけません。知識がなければ、そもそも何を質問すればいいのかも分からないし、誰に聞けばいいのかも分かりません。知識がないと、今新しく知った情報がまともなものなのか、ただのばかげた話なのかも分かりません。それではフェイクニュースの餌食(えじき)になってしまいます。

 誰も無知ではいたくないですよね。知識は無知につける薬なのです。

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 適切な入力をすれば、テクノロジーは最適な解を驚異的な速度で示してくれるかもしれない。しかしその入力のためには自分の脳を使わざるを得ない。そのためには、やはりある程度、知識の蓄積は必要になるということだろうか。

デイリー新潮編集部

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