大谷翔平の「決勝声出し」は日本人の特性を見抜いてのものか

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「僕からは一個だけ。憧れるのをやめましょう。ファーストにゴールドシュミットがいたりとか、センター見たらマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたりとか。まあ野球やっていれば誰しもが聞いたことがあるような選手たちがやっぱりいると思うんですけど。今日一日だけは、やっぱ憧れてしまったら超えられないんでね。僕らは今日超えるために、やっぱトップになるために来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。さあ行こう!」

 大谷選手のこの声出しは、一つになっていたチームをさらにまとめ、強烈な推進力を与える檄そのものだったといえるだろう。

 日本ではトップ中のトップの選手であっても、メジャー選手を前にすると気後れしかねない。気持ちで負けたら勝負にならない。大谷選手はそう危惧したからこそ、このように言ったわけだ。

 これは、日本人の性質を踏まえての発言だったと見ることもできそうだ。

 橘玲氏は著書『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』で、いくつかの実験や研究をもとに日本人の自尊心(自己肯定感)についてこう述べている(以下、引用は同書より)。

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「さまざまな国際比較で、日本人の自尊心(自己肯定感)がきわめて低いことが繰り返し示されている。日本、アメリカ、中国、韓国の高校生に『人並みの能力があると思うか?』と訊いた調査では、『とてもそう思う』『まあそう思う』と答えた割合は日本が最低だった(もっとも高いのは中国とアメリカ)」

 つまり、「私なんて……」とつい自分を低く見る傾向が強いのが日本人で、逆に「俺はできる」と胸を張りやすいのがアメリカ人、中国人ということになる。

 日本びいきを承知で大雑把にいえば、「謙虚」対「傲慢」といったところか。

 ただ、幸いなことに自尊心が低いから、失敗率が上がるというものでもないらしい。自己啓発本でよく見る、“ネガティブ・シンキングだと人生がうまくいかない”というのは、俗説にすぎないというのだ。

「『自尊心が高いとなにもかもうまくいく』『自尊心が低いとなにをやってもうまくいかない』という“常識”にはエビデンスがない」(同)

 とはいえ、スポーツの試合のようなものの際に、謙虚さはさほど役に立たない。その意味で、大谷選手に限らず試合前の檄が威勢が良くてポジティブなものになるのは当然だろう。「勉強させていただきます」という姿勢では格上の相手に勝てるはずもない。

自尊心が低いと集団主義に向かう

 ただし、先ほど引用で見たように、人生のような長期間の勝負であれば、必ずしも自己肯定感の高さがプラスに働くとは限らないということだ。

 冷静に見れば、プロで成功しているような人たちも全員が自己肯定感に満ちているわけではない。自らを月見草になぞらえた故・野村克也氏はネガティブ・シンキング型の典型に見えたが、打者としても監督としても頂点に立っている。むしろ謙虚に己に足りないところに向き合い続けたからこそ成功したともいえる。

 結局のところ、自尊心についての大量の研究が明らかにしたのは、「『うまくいくと自尊心が高まり、うまくいかないと自尊心が低くなる』という身も蓋もない事実」(同)に過ぎないなのだという。

 ただし、ある実験では、自尊心が高い人と低い人とでは、失敗したあとのリカバーのやり方が異なる、という結果が出ている。

 学生を相手に、自尊心が傷つくような失敗を体験させたあとの反応を見た実験では、次のようなことがわかったのだという。

「もともとの自尊心が高い学生は、『どうすれば自分の能力をもっと発揮できるようになるか』に関心をもった。それに対してもともと自尊心が低い学生は、『どうすればもっと他人から好かれるのか』を考えたのだ(略)。

 ここから、自尊心の高低は個人主義と集団主義に関係していることがわかる。自尊心の高い学生は自分の能力を活かすことで、自尊心の低い学生は対人関係のスキルを磨くことで、“危機”を乗り越えようとするのだ」(同)

 日本人の自尊心の低さは、「集団主義」につながっているともいえる。

 侍ジャパンに限らず、日本ではことのほか「フォア・ザ・チーム」が尊ばれるのには、このあたりのことが関係しているのかもしれない。

『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』より一部を抜粋して構成。

橘 玲(たちばな・あきら)
作家。1959年生まれ。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。

デイリー新潮編集部

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