亡き妻の愛車に不可解な走行履歴… 上質な作品で信頼の厚い「源孝志」最新作

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 1年に1本観ることができれば御の字、源孝志作品の話をしよう。多くはNHK BSプレミアムで放送。文化の香りを漂わせた美しい映像でつづる、成熟した大人の物語が最大の特長。京都独特の皮肉と矜持、大人の憂いと四季の移ろいを描いた「京都人の密かな愉しみ」で私はとりこになったのだが、その後は「漱石悶々」「平成細雪」「令和元年版 怪談牡丹燈籠」「ライジング若冲 天才かく覚醒せり」「忠臣蔵狂詩曲No.5中村仲蔵 出世階段」と、古典や名作あるいは文化人を題材にした作品も定期的に生み出してきた。「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~」は、くすぶる大人と時代劇を愛する人への応援歌でもあった。文化継承の仁義と意義のある作品も多い。

 そんな源の最新作は自身の原作を映像化した「グレースの履歴」。尾野真千子と滝藤賢一の二枚看板、そりゃ観るわな。ちなみに、源の会社「オッティモ」が作るドラマの長所は本物の役者しか使わない点。うまくもないのに組織票だけは持つアイドルなんぞ絶対に使わない。あの世界観を壊すからねぇ。真の役者しか出演していないことを「オッティモ式」とでも呼ぼうかな。

 悪口はさておき。物語は、一人旅に出る妻(尾野)を夫(滝藤)が見送る場面から始まる。妻の愛車はホンダS800(グレース・ケリーも愛した名車だそう)。世界中を飛び回っていたバイヤーの妻らしいセンス。一方、夫は製薬会社の研究員。植物を愛でる姿と草食&小食を揶揄されて「森のヤギさん」と呼ばれるほど。夫婦は穏やかな幸せを共有しているように見えたが、妻が旅先の南仏でバス事故に遭い、急死したところから生活は一変。

 妻は密かに遺言書を作成、弁護士(オッティモ作品レギュラーの石橋蓮司)に託していた。彼が語った妻の秘密に絶句する夫。妻は子供を望んで友人の医師(美村里江)のもとで不妊治療を受けたが白血病とわかったこと、寛解を目指す治療を妊活で一時的に止めた際、白血病が再発したこと。知られざる妻の願望と絶望。夫にしてみれば、寝耳に水どころか、寝耳に土石流だ。

 泣き暮らすも、妻の遺言で託されたのが愛車だったため、一念発起で免許を取得。カーナビを起動すると謎の履歴が。妻は南仏に行く前、広島・愛媛・滋賀・長野に行ったことがわかる。かくして妻の足跡を追うことに……というのが初回。

 繊細な夫を気遣い、ひとりで抱え込んだ妻の苦悩を尾野がワンシーンで魅せた。音や空気で表現する「間」。ため息、深呼吸、おえつ、うっすら湿気を含む「間」で、語らずとも多くが伝わる妙。

 滝藤は持ち前の劇画調をほどよく抑え、不器用だが深くて静謐な愛情を表現。

 夫は履歴をたどって、妻の本当の遺言を知ることになるのだろう。妻の元彼らしき男(軽薄選手権優勝の伊藤英明)や、事故に遭ったバスの添乗員(美波)が語るであろう真実とは。展開はうっすら想像できるが、この後の役者陣も楽しみである。

 感情を揺さぶられつつも、ある一点だけは冷静に考えた。生前整理、必要ですね。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年4月6日号掲載

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