王将戦七番勝負 藤井聡太の「五感」は常人とは別次元と思う理由

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

大胆に新戦略を駆使した羽生

 感想戦で聞こえてくるのは、もっぱら羽生の声だった。不安定な自陣を固めるべきだった場面で「2一」に角を打ち込んだ局面や、「6四歩」でなく「6八金」で自陣を引き締めるべきだった局面では、「それをやれば難しかったんだ」などと悔しそうだった。

 今回の王将戦、羽生は予選リーグ全勝で挑戦権を得るという驚くべき力を見せた。本番の6局では多くの戦法を試し、豊富な経験から前例のある局面に誘導したかと思うと、前例のない形に導いたりした。それに食らいついた藤井は、信じられないような冷静さで対処した。

 羽生は第6局の終了後、「封じ手あたりは悪いと思っていた。その前に問題があった。苦しい局面をどのくらい頑張れるかでしたが……。(6局通して)いろいろやってみたが、全体的に指し手の精度を上げていかなくては」と反省の弁を述べた。藤井の印象は「いろいろな変化、読み筋がたくさん出てくる。対局して大変だったが勉強になった」と話した。タイトル100期については「自分の至らないところを改善して臨みたい」と話した。

 深くAIの研究をして若手に食らいつき、豊富な経験に頼らず大胆に新戦略を繰り出して「最強の若武者」にぶつかった52歳のレジェンド。その若々しい戦い方に落ち着いて対処した藤井のほうが先輩棋士かと錯覚しそうになった。

 正月明けに始まった「世紀の七番勝負」。ぜひ第7局まで見たかったが、2カ月余で戦いは終わった。羽生はこの間も、今季からB級1組での名人戦・順位戦の終盤戦を戦っていたが、最終成績は6勝6敗で1期でA級に戻ることはできなかった。だが、久しぶりのタイトル戦で存在感を十二分に見せたように、まだまだ光り輝き続ける羽生には、今後、100期はもちろんのこと、63歳で名人戦に挑戦した怪物・大山康晴十五世名人(1923~1992)を目指す戦いを期待したい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。