王将戦七番勝負 藤井聡太の「五感」は常人とは別次元と思う理由

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「羽生さんの強さ、自分の課題も感じた」

 午後3時56分、88手目に藤井が飛車で王手をすると、即詰みを見た羽生は投了した。藤井は持ち時間を1時間35分も残す完勝だった。羽生も持ち時間を1時間以上残したまま白旗を上げざるを得なかった。

 対局室で主催社の記者に「勝利が見えたのは?」と問われた藤井は「『5六角』で働くように見えた」などと答えた。藤井はシリーズを振り返り「考えてもわからない局面が多く、将棋の奥深さを感じた。盤上に没頭して指せた」とした。レジェンドとの戦いの印象を訊かれると「(持ち時間が各)8時間の長い将棋を6局指せた。羽生さんの強さ、自分の課題も感じた」などと話し、1局目の具体的な羽生の手まで示した。

 一方のた羽生は「角換わり早繰り銀」の戦法を問われ、「去年、公式戦で同じ形になり、わからない部分もあってもう一度やってみた。角と銀が持ち駒になってもう少し手を作れるかと……。桂頭を責める筋を作りたかった」などと振り返った。39手目までは昨年11月に羽生が永瀬拓矢王座(30)と対局した時の「角換わり早繰り銀」と全く同じ局面だった。藤井が指した40手目「6四角打」から、羽生にとっては「未知の世界」の戦いとなった。

 藤井は羽生の43手目「7五歩」を「同歩」として取るのに72分をかけた。これに羽生が「6六銀」と応じるのに69分かけるなど、2人の長考が連続した。

見落とさない藤井

 この将棋、少し面白いのは、羽生が途中で6筋に飛車を振ったため一見すると「振り飛車」のように見えたことだ。ABEMAで解説していた振り飛車党の菅井竜也八段(30)は「これって振り飛車ですよね」と盛んに話していた。どの時点で飛車を振るかにもよるが、最近の自由自在な戦法を見ていると、「将来、居飛車党や振り飛車党という概念もなくなってしまうのでは?」とすら想像してしまう一局だった。

 藤井は桂馬を大胆に活用することが一つの特徴だが、角の使い方も非常に巧みである。この対局でも、50手目に「7四」に打った藤井の「筋違い角」(対局開始時の角の位置からは絶対に動けない位置の角。持ち駒にして打つしかない)が、羽生玉にとって終始脅威になっていた。

 この角は自分の飛車の真横に打ったが、「飛車と角を近づけるな」というのは昔流の将棋では常識だった。金や銀を打たれると、どちらかが取られやすいからだ。同じ理由から「自玉に角や飛車を近づけるな」とされていたのと同様、そんな格言は現代将棋では吹き飛んでいるようだ。

 実は「相手の桂馬と角の動きはプロでも見落としやすい」と、ある棋士が解説で語っていたことがある。桂馬は唯一、駒を飛び越えて移動できるので、動きを見落としやすい。さらに、角の斜めの動きというのも、人間の視覚にとって弱いのではないか。

 想像でしかないが、藤井聡太という男の「五感」には、人類のこうした根源的に弱いとされるような部分は全くないのかもしれない。

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