名人挑戦かけ藤井五冠と広瀬八段がプレーオフ 2人とも今季リーグは2敗 その共通点は

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渡辺名人が大盤解説

 この日、大盤解説を進めていたのは「名人4連覇」を目指し受けて立つ渡辺明二冠だった。モニターを見ながら複数の対局を解説しなければならないので大変だ。

「藤井vs稲葉」については「稲葉さんは自陣が破壊されて収拾がつかない。はっきり苦しいと思っているはず」と話した。

「佐藤康光九段(53)vs糸谷哲郎八段(34)」では「糸谷さんは相手の手番では席を外して対局室周辺をうろつくんです。今、指したのですぐに席を立つと思いますよ」と予想すると、すぐに糸谷八段が立ち上がり席を空けた。

 雄弁な渡辺は「相手が自信もって指しているのか、そうではなく悩んでいるとかは、相手の仕草などでだいたいはわかるんですよ。でも、藤井さんはわかりにくい。といっても、僕は彼を悩ますほど追い込んだこともないしなあ……」と笑わせる。

 対局中のおやつや食事にも話が及んだ。

「ショートケーキというのは大体、間違いがないけど、他のおやつはどんなものなのかわからないことがある。たまに気合が入っていて写真が付いているメニューもあるけど、普通は写真がないことが多い。昼食もメニューの名前だけだと悩む。和食はわかりやすいけど洋食はメニューを見てもわからないことが多い。注文したものが来て、『えっ、これちょっと違うんだよな』と思うとがっかりしてしまう。そのがっかり感が強いと、勝負にも影響しちゃうんですよね」などと陽気に語り、会場を沸かせていた。

 大盤解説場は2カ所設置され、抽選に当たって参加したファンは深夜まで楽しんでいた。広瀬八段に敗れたばかりの菅井八段も、残る「永瀬王座vs斎藤慎太郎八段(29)」「豊島将之九段(32)vs佐藤天彦九段(35)」を解説した。

 もちろん棋士にとっては真剣勝負だが、見ていてどこか「一番長い日」はお祭り的な要素も感じられた。とはいえこの日、佐藤康光九段と糸谷八段の戦いは佐藤が勝ったが、すでに2人のA級からB級への陥落は決まっていた(ともに1勝8敗)。和やかな雰囲気になったのは、この日、A級残留をかける棋士がいなかったことも大きかったのだろうが……。

「薪割流」の大五郎

 将棋自体は「藤井vs稲葉」よりも「広瀬vs菅井」のほうが面白かった。珍しく双方が玉を一番隅に囲う「穴熊」戦法。元王位で昨年の朝日杯将棋チャンピオンの菅井は、最近では珍しい「振り飛車党」だ。この日は飛車を7筋に振る「三間飛車」。さらに玉を「穴熊」で囲った。これに対し広瀬も「居飛車穴熊」を採用。序盤から双方の玉が将棋盤の一番隅に鎮座する形となった。特に菅井の玉は金や銀など多数でガチガチに守られ「こんなに守りに駒を使ってどうやって攻めるのかいな」と思ってしまった。結局、広瀬が徐々にこじ開けて勝利した。

 ここでオールドファン向きの余談 。

「穴熊」は最も堅い守備陣形だが、囲いが完成するまでに手数がかかり、それまでに攻め込まれて潰されるリスクも高い。かつて中原誠十六世名人(75)と名人戦で死闘を演じた大内延介九段(1941~2017)、さらには田中寅彦九段(65)などが「穴熊の使い手」だが、筆者が思い出すのは北海道函館市出身の佐藤大五郎九段(1936~2010)である。佐藤は1965年、当時無敵の大山康晴十五世名人(1923~1992)に王位戦で挑んで敗れ、タイトル歴こそないものの、現在は棋王戦に統合されている名棋戦で1977年に優勝、A級にも2期君臨した。

「薪割り流」の異名通り豪快な将棋で知られる佐藤の人気の一因は名前にもあった。大五郎という古風で男っぽい名前が、当時、話題になったのだ。大相撲初の外国人力士・高見山大五郎(78=米国ハワイ州出身)と一緒。また、時代劇ドラマ『子連れ狼』(原作・小池一夫)で萬屋錦之介(1932~1997)演じる主人公の刺客・拝一刀(おがみ・いっとう)が連れ歩く子供の名も大五郎だった。「将棋の大五郎」は、それらに次いで「有名な大五郎」だった。

「居玉」のままで戦端が開かれることも多い現在の速戦タイプの将棋では、AI(人工知能)も「穴熊」を推奨しないのだろう。だが、将棋は棋士の人間としての個性あっての魅力である。この日は負けたが、「振り飛車」や「穴熊」で奮戦する菅井八段は魅力的な棋士である。

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