「ウクライナと台湾を同一視するのは……」 石破茂元自民党幹事長が安易な防衛増税論に異議

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「防衛費GDP2%」「異次元の少子化対策」と、唐突に繰り出される岸田内閣の新規方針に戸惑う国民は多いようで、支持率は一向に上がる気配が見られない。

 一体、何が問題なのか。著書『異論正論』が「咢堂ブックオブザイヤー2022」を受賞した、石破茂元自民党幹事長の考えを聞いてみた最新インタビューをお届けする。

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少子化対策と防衛増税論議の類似点

――最近になって、岸田総理は「異次元」という言葉も用いながら、少子化対策に取り組む意欲を示していました。これについてはどう考えていますか。

石破:「異次元」ってあまりいい響きではないように思いますけどね。総理もそう思われたから、そのあと使わなくなったのではないでしょうか。

 それはそうと、この件は昨年末の防衛費の議論に似ていると感じました。ロシアがウクライナを侵略したことを受けて、「今日のウクライナは明日の台湾だ」といった論調が強まり、俄然、防衛に関する話題が増えました。そして、岸田総理は防衛費をGDPの2%に、とか、43兆円に、などと仰るようになり、あっという間に増税にまで話が及んだ。

 しかし、そもそもなぜ2%なのか、なぜ43兆円なのか、その根拠はわかりません。本来は、これとあれが必要だからいくら必要だ、といった話になるはずなのですが、そうした積み上げは間に合っていないからです。

 本来、こうしたことは精緻な議論を積み上げていって結論を導くべきなのに、ある時期からそういう手法を「小役人的だ」と軽視するような傾向が強くなったように感じます。でもそんな大雑把でいいはずがないでしょう。

――しかし昔から「所得倍増」とか「日本列島改造」とか、わりと大雑把な話を政治家はしていたのでは?

石破:それは違うと思いますよ。田中角栄元総理の「日本列島改造論」にしても、大平正芳元総理の「田園都市構想」にせよ、そこに至るまでは長い議論があったと聞いています。官僚や民間有識者らもまじえた中・長期的な視野に立った議論です。それらをまとめるにあたって最後に出てきたキャッチフレーズであって、決して議論を蔑ろにして最初から大雑把な話を打ち出していたわけではありません。

 もう少し防衛のことについて申し上げれば、ウクライナと台湾を同一に語ること自体、おかしなことです。

ウクライナと台湾は違う

――どういうことですか。隣の大国の脅威にさらされている点では同じでは。

石破:全然違います。地続きか、海を隔てているか、地理的条件一つとっても違うじゃないですか。

 また軍隊の強さも違います。クリミア半島を奪われた時のウクライナ軍は非常に弱かった。その後、立て直して現在のようになったのです。

 一方で台湾軍はかなり強い。かりに中国が海から攻めて来ようとした場合、実は台湾は地理的に見ると上陸できるような場所は非常に限られている。そこに兵力を集中すれば、中国軍も簡単に上陸することはできません。

 さらに同盟とはいかないまでも、米国と台湾との間では軍事的な連携を強めています。

 そして現在の国際社会におけるロシアの立場を見た場合に、中国とて簡単に動くわけにはいかないでしょう。

 こういうことを言うと「中国の味方をするのか!」といった短絡的な反応をする人がいるので困るんですが、そうではありません。まずは冷静に現状を見て、どのような態勢を取るのがもっとも日本の防衛にプラスになるかを考えなくてはならない。

「とにかく中国の脅威に対抗するのだ」と威勢よく繰り返しても意味がないどころか逆効果になりかねず、実効性のある対抗手段を得るにはもっと冷静な議論の積み重ねが必要なのです。

 今回、ミサイル等を大量に購入することを表明したことをアメリカは歓迎するでしょう。しかし、それが本当に最も有効な予算の使い方なのか。

 喫緊の脅威に備えるのは当然ですが、予算の枠や総額だけ定めても、中味の議論が伴わなければ意味がありません。

 一例を挙げれば、防衛省はようやく陸、海、空の統合司令部を創設する方向で検討を始めました。自衛隊が設立されて約70年でようやく、です。これ自体はいいことでしょうが、では日米統合司令部はなくていいのか。そうした議論をすると、あちこちから強い批判を浴びることもあり、ずっと避けられたままです。しかし、このような仕組みを作ること自体が抑止力ともなるのですから必要であると私は考えています。

 また、シェルターを普及させることも急務です。日本のシェルターの普及率は極めて低い。核の脅威に備えるというのならば、シェルターは絶対に必要でしょう。何となくこのところ関心が薄れつつありますが、国民の安全という意味では地震対策も続けなければならないわけで、シェルターは防災にも役立ちます。

少子化対策のために結婚しやすい環境を

――話が少子化対策から大きく外れたのですが、防衛費の議論とどこが似ているのでしょうか。

石破:問題の本質は何か、何を考えなくてはいけないのか、議論の積み上げがないように感じます。少子化が喫緊の課題であるのはわかりきったことでしょう。もうずいぶん前からそう言われてきました。

 では、そのために何をすべきか。もちろん子育ての支援を強化するのは大切です。しかし、最大の要因は、若い人が結婚に踏み切れないと感じる経済環境であると私は考えています。第2子、第3子をつくりやすくするのも大切ですが、その前の問題を解決しなければならない。

 ここでも一応申し上げておきますが、別に結婚することが善だとか正義だとかいう話をしているのではありません。したくない人はしなくていいんです。

 ただ、結婚したいな、とか結婚してもいいな、と思っているような人が踏み切れないという状況は変える必要がある。

『異論正論』でも書きましたが、25歳から35歳の女性が配偶者に求める収入は最低400万円以上。一方で25歳から35歳でその条件を満たす男性は全体の15%ほど。経済力と婚姻率の低下には関係があるとみていいでしょう。

 この状況を変えるには企業の労働分配率が低い点を変えなければならない。それには税制を変えていく必要もあるのではないでしょうか。大企業の一部が税制で優遇されているような状況が望ましいとは思えません。

――ユニクロの賃上げが話題になったように、大企業が賃上げをすることの影響を期待する声は大きいと思うのですが。

石破:大企業が賃上げすること自体は良いことだけれども、それが中小企業に波及するというのは楽観的すぎるのではないでしょうか。

 少し前まで、大企業が潤えばそれが中小企業にも及ぶという、いわゆる「トリクルダウン」を唱える人が結構いましたが、そんなことは起きていないように見えます。大企業が貪欲に利益を追及すれば、中小企業がその分損をすることだってあり得るわけです。

――しかし、日本の企業の多くは中小企業です。どうすればいいのでしょうか。

石破:規模にかかわらず、企業が生き残っていくには、どれだけ商品やサービスの付加価値を高められるかにかかっています。そして、日本国内には素晴らしい商品やサービスを提供する潜在力のある地域、企業は数多くあります。

 ところが意外とそれを活かせていない。それどころか活かす気がない企業も珍しくありません。

「そこまでしなくてもいい。跡継ぎもいないし、どうせワシの代で終わりだ」

 そんな感じの高齢の経営者も多いのです。「ワシの代で終わりだ」症候群とでも言えばいいのでしょうか。

 それではせっかくの潜在力を活かせない。これはとてももったいないことです。そうした企業の再編や後継者のマッチングを進めていくことは、非常に有効であると感じます。

牡蠣カバ丼

――それがずっと唱えている「地方創生の重要性」につながるということでしょうか。

石破:そうです。講演などで地方に行く際には、必ずその地域のことを調べて、どこが素晴らしいかをお話しするように心がけています。すると、地元の人ほど、その良さを認識していないことが多いのです。

 また、発信力さえあればもっと人気が出るのに、と感じることもしょっちゅうです。地方創生大臣を務めていた時の秘書官、中野祐介さんが4月の浜松市長選挙を目指すということで、同地に行く機会がありました。

 浜名湖というと、ウナギを連想しがちですが、実は牡蠣(カキ)の歴史のほうが古いくらい。それを使った「牡蠣カバ丼」なるものがあるということはつい最近まで知りませんでした。誰も教えてもくれなかったし、食べさせてもくれなかった。

 おそらくまだ全国的にもそこまで知られていない。しかし美味しい牡蠣のカバ焼きが乗った丼と聞くだけで、ちょっと食べてみたいと思うじゃないですか。

 牡蠣カバ丼の魅力はさておいて、地方には「こんなにいいところがあったのか」というところがたくさんあります。そうなる潜在力をもったまちも数多くあります。そういうところに移住して、子育ても含め充実した生活を送っている方もたくさんいらっしゃいます。

 これも著書で紹介しましたが、国交省の発表したデータでは、東京にいる人は見かけの所得は多くても、生活費や通勤コストなどを引いていくと、実は全国でも下位になってしまうことを示しています。だから余計に都会の人は結婚しづらい。

 地方が活性化して、そこに若い人が定住するようになること、地方創生は少子化対策でもあるのです。

(前編を読む:2023年の石破茂が語る「総理と派閥の関係」「コロナ対策の問題」から「ヒコロヒー」まで

デイリー新潮編集部

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